1/24 1900 Disco Volante Spider 1952

「風さそふ 花よりもなおわれはまた 春の名残をいかにとかせん・・・・」
・・・・面目次第もござらん。
討ち入りどころか、またまた、返り討ちにあってしまい申した・・・。 無念!!

今週は徹夜疲れもあり、工作机の上も未だに片付けられず、先週届いたミニカーをいじくりまわして遊んでいる。


このアルファはM1Aを製作中に手元には届いていたのだが、下手に覗き込んでしまうと、またまた手が止まってしまいそうだったので、そこは ”ぐぐ~っと” こらえて開封を待っていた車なのである。
前にも書いたが、私はミニカー・ファンではないし、ましてやアルフィスタでもない。
(最近、ちょっとおかしいのだが・・・。  笑)
子供の頃に、車の雑誌でこのディスコ・ボランテの写真を見たことがあるが、その頃の印象を一言で云えば、岡本太郎ではないが、「なんだ、これは~・・・!!」
当然、当時は子供だったので、デザイン的には好印象を持ってはいなかった・・・。
それから数十年・・・、実車すら見たことはないし、車歴も殆んど知らないのだが、この車の魅力に今、”痛く” 参っている。 (爆)
(EやD,それにコスティンとのラインの共通性を感じてしまう・・・。)
自分の中にキャパシティーが出来てきたのか?、多少は美的感覚が育ってきたのか・・・?
また、1/24のモデルでは過去にお目にかかったことがないし、なかなかバランスがとれたモデルなので夜な夜な感心しているのだ。
私のモデルはロットが後の方なのか?、サイドのラインの脱線やボディーの一部の建てつけが悪いし、分解してみると作りも粗雑である。
・・・しかし、それらを差し引いても費用対効果は十分だし、ホイルなども中々良く出来ていると思う。
やはり分解した一つの理由は、レジンで起こしてスロットのボディーにならないかな~?と云う、下心があるからなのだが・・・。 (苦笑)

とりあえず・・・・。

今週は毎晩徹夜の連続で、本当に疲労困憊した・・!!
・・・も~やんぴ~・・・。
        
ミニッツのデイトナは4日程前に完成していたのだが、とてもブログにUPする元気も時間も無かった・・・。
このボディーも、フロントのフェンダー・アーチの後部をちょっと直してやればもっと見栄えがするのだが、内装もすべてないドンガラ状態ではとてもそこまで手がまわらない・・・。
サイド・スクリーンのスジ彫りすらも脱線したままだ。
おまけにボンネットのストッパーをさかさまに付けちまった~・・・。(涙)
スピナーも剥離して塗りなおしたかったな~・・・。
グリルのH型のバーもセンターにはラインが入っているのか?、考証もあいまいだ・・・。
        
このM1A(MkⅡ)の方が、もっと考証があいまいである。
モデルになっているのは1枚の写真だけだし、あとはマーシュの43のモデル写真がすべてであった・・・。
そもそも13インチのホイル・パターンを15インチのホイルに利用した為、ホイルの感じがよくない。
最初はリアのスポイラーも可変式にしたのだが、 ”苦しさ” に負けて、Gクリアで接着してしまった・・・。
チン・スポイラーもまだだし、サイドのエアーダクトもシルバーに塗っていない。
一番問題なのが、リアのエグゾーストの出し口である。
この考証のために43のメタルを買うわけにもいかず、後で間違いを修整できるように仮止め状態にしてある。(苦笑)     ・・・ちょっとフロントもリフト気味だ。
「・・・明日の夕刻、決行と相成った!!」
「お支度めされ~・・・。」
「ほのおの方・・・、はぁ、、討ち入りで御座る・・・。」
   
(やってれんね~・・・、早く寝よ~・・・!!)

CSX 2300


Source: The Cobra-Ferrari Wars.
夜の11時頃からは毎晩WBSを見る事が多いのだが、ここ1週間ほどはTVどころではなくなっている・・・。
夕食後、船を漕ぎ出す前にボディーの製作に向かわなければ、また間に合わなく成りそうな事態になっている。(涙)
(毎晩2~3時間は応える!!  はっきり云って、体に良くない!!   苦笑)


今回、モーガンの変わりに何の考えも無く選んだのがミニッツのデイトナ・コブラである・・・。
(ミニッツのコブラは、なんだかんだ云っても、もう3~4台いじっているかな~?!)
グンゼのデイトナと比べればいろいろ問題は有るのだが、とりあえずデイトナには見える・・・・。
VRMのデカルも使ってみたいし。
お題がニュルなので、CSX2300と云うことになったのだが・・・。
この車はフォード・フランスに最初にデリバリーされ、その後オートワールドのオスカー・コバルスキー氏も一時オーナーだった様だ。 また、日本GPで酒井正氏が走ったと云うヒストリーもある。
現在のこの車はニュルを走った時の白ではなく、綺麗なガーズマン・ブルーになっている。

数年前の事、知人のM氏から急に電話が有り・・・、
「・・・今、出先で模型屋さんにいるんですけど、ミニッツのデイトナのホワイト・ボディーが有るんですけど、・・・いりますか~?」
「1個いくらなの~?」
「え~と、1228円で、安くなってますね~・・・。」
「え~っ!、 何個あるの~?」
「5~6個ありますね~・・・。」
「済みませ~ん。 全部買ってください。」(爆)
その後、このボディーは知人にあげたりしたので、何個かはいなくなったが・・・。
・・・そんな経緯で入手したボディーである。
実はその前に、やはり時間が無くて塗装済みのボディーを使って、苦しまぎれに作ったクラブ・レース用の車が有った・・・。
ルマン・カーなのだが、ホイルのカラーも白で実車とは違っている。
話は飛ぶが・・・、実は最近までガニーのヘルメット・カラーは黒ではなく、濃いブルーだと思っていたのだ!!
この2点を、ボディーを買ってくれたM氏に指摘された事を・・・、この車を作っていて思いだした・・・・。(笑)

モーガンから★★★★へ・・・・。

最近、探し物が下手に(多く)なって困っている・・・。
何かを取り(探し)に行って現場に着くと、 ”あれ~?、何を取りに来たんだっけ~・・・??” と、一瞬、抜けるのである。
(おい、おい、頼むぜ~・・・、ちょっと早いんじゃないの~・・・!!  涙)
夕食後は直ぐに船出しそうになるし、春だからなどと季節のせいばかりにはしていられない・・・。
1月末から2月の始めにかけてはガタガタしていて、殆んどおもちゃ作りは手付かずの状態が続いていたのだが・・・、流石に ”かちかち山の狸” じゃないが、シッポの先がそろそろ熱くなってきた・・・。(笑)
メンバーのブログでも、「お~お~、同じ様な所で苦労してるのね~。」とか、「あいや~・・・、ファイバー・ボディーのスジ彫りに苦労しちゃって~・・・。」とか・・・、ご同慶のいたりでニヤニヤしながら拝見している。
(また間に合わなくなるんじゃないかと、出遅れている身としてはちょっと安心するのだが・・・。  笑)


さて、モーガンなのだが、1月中にニュルを走った当時のTOKの写真をいろいろ探したのだが見つからず、困り果てて急遽、参加車両を変更することと相成った・・・。
(やはりこの車はルマン仕様でのんびりいくしかないようだ・・・。)
前から判ってはいたことなのだが、タミヤのモーガンを使ってSSタイプの当時のTOKを作るには幾つかの問題点が存在する。
とりあえず、コクピット内のスペースを確保したくて、モーターを立てられる自作マウントを作ってみた。
また、出っ張ってしまうキャブのファンネル・カバーのルバーの数も実車同様に増やしてみたが、工作が稚拙で、イン、アウトの開口状態も表現できない始末だ・・・。(涙)
最初から、一番引っかかっていたのがフロント・ライトのポットである。
実車は、左右のウイング(フェンダー)からライトのポットが離れているのだが、タミヤのボディーはかぶっているのだ。
最初は削り落として、グンゼのスプライトのポットでも持ってこようかなどとも考えていたのだが・・・、いかんせん、考えているだけで手が動かない。
・・・そんなこんなで急遽、参加車両を変更し、バタバタと新しいボディーを作り始めた。

⑤ Carrera 124


人の心はうつろいやすいものである・・・・。
以下は、今回のカレラの車とはまったく関係ないつまらない話なのだが・・・・。
もう、数年前の事だろうか・・・?、手持ちのスロット・カーの一部を売り払おうかと思った事がある。
少し自分の持ち物を整理して、今で云う「シンプル・ライフ」を目指そうか?などと血迷ったことがあるのだ。
いつも、雑然とした汚い部屋に居住しているとそう思うことがある。
(確かに模型作りは部屋が汚れる!!)
しかし、人それぞれだが、結局私には出来なかった. 
それどころか近年、ますますゴミは増えている…。 (苦笑)  
確かにダブっている一部の車、或いはジャンクの車は放出したが・・・、あの世まで持って行けないことなど、はなから判っているのだが、ここ数年は、出来る限り手元に置いておこうと思っている・・・。 
それにはスペースの確保で随分苦労させられるし・・・、家内からの 「パパ、 またゴミが来たわよ~・・・!!」 などと云う、”いやみ” も時々聞かなくてはならない・・・。
・・・なんだかんだ云っても、好き(趣味)なんだからしょうがない!!
又、若い時は、”この車はどうしょうも無いな~” などと思っていた車達が、急にチープではあるが、魅力的に見えてくる事があるから不思議だ。(苦笑)
私自身の感情が、時間の経過の中でうつろっているのだろう・・・・。
とりあえず、このインドアの趣味を今は(死ぬまで?)楽しもうと思っている。(爆)
        
        
    
カレラ124のダイキャスト・ホイルの幾つかだが、写真の一番下の2枚はカタログから抜粋したロータス40のものと、これも手元に無いフォードGTのハリブランドの32の物。
(24のこのハリブランドのホイルは、見てみたいホイルの一つだ!!)

④ Carrera 124

「少年老いやすく、学なりがたし・・・・」と、昔の人はよく云ったものである。
人生のステージも、夏、秋、冬とどんどん進んでしまい、最近ではちょっと ”ゆるむ” と、1週間ぐらいはあっと云う間に過ぎてしまう・・・・。
        
             
ありきたりのカレラのディーノとポルシェ906ではあるが、改めて手にとって見てみると、新しい発見やささやかな疑問がわいて来たりして、これはこれで、私には中々面白い時間なのだ・・・。(笑)
シャーシーは以前にもUPしたが、単純なプラのバスタブ・タイプのもので、ホイルベースの変更はフロントのシャフト穴を移動(3段階)させることで調節出来る。   いたってアバウトでは有る。
初期のRTRのものは、ダイキャスト(多分、亜鉛ダイキャストではないかと思うのだが・・?)のホイルをシャフトに打ち込んだ、いたって簡単なものである。
私は、カレラ124の魅力の一つがこのダイキャスト・ホイルだと思っているのだが・・・、この初期物のホイルはいかんせん、引いてもねじっても叩いても、シャフトから取れるものではない・・・!!   (笑)
黄色く塗ってしまってはいるが、最初はダイキャストの無垢地であった。 また、ネジ切りタイプのホイルにはプラのスピナーが付く。 #14のディーノの実車のホイルは黄色ではなく、ストライプと同じライト・ブルーだ。
無理をしてホイルを取ろうとすれば、ホイルに傷を付けてしまうか、シャフトを曲げるくらいが落ちであろう・・・。
(上手く抜けたとしても、インチのタップを切る以外には使い道は無いのだ・・・。)
したがってカレラの多くのRTRの車は、フロント、リアとも、ホイル、メタル(プラ)、シャフトをアッセンブリーで交換しなければならない。
(パーツもこの形で販売されていた。)
ディーノに限って云えば、2種類のホイルが存在し、後期型(これはキットのシャーシーだと最近まで思っていたのだが、後の他の一部のRTRの車にもこのシャーシーが使われている。)には普通のネジ切りシャフトが使われている。
シャフトは3mmなのだが、ネジのピッチが合わないので、当時の日本の3mmシャフトは使えない様だ・・・。
(当時、アメリカものはインチであったがドイツはmmであった事も、ある意味で面白い。)
後期型のシャーシーにはご覧のように、スイング・アームのストッパー用の芋ネジが付いていたり、フロント・シャフト下には、ネジ止めできるウエイトも付いている。
またカレラ124のモーターには殆んどコンデンサーが付いているのだが、これは何を意味しているのだろうか・・・?
今のところ、ホーム・サーキット用の車と云う事だったので、家庭内の周辺機器(TV等)にノイズが飛ばない様にする為ではないか? と云う話は伺っているのだが・・・。

③ Carrera 124


さてさて、松飾もそろそろ取れる頃なのだが・・・、前回、”大きな理由がある” などとちょっと大げさなことを書いてしまったのはモーターの事だったのだが、書くに当たって、説明がしどけなくなってしまって困っている・・・・。
元来、カレラのスロット・カーはホーム・サーキットを前提に作られたものである。
実のところ・・・、私はカレラの24の車を営業用サーキットで走らせた事が無いので、机上の空論的なところもあるので、以下の文章も話半分で読んでいただきたい・・・。 (笑)
             
        
当時、私達が使っていたマブチの FT シリーズは、定格が12V 前後であったが、カレラの初期のビューラー社製モーターは15V 以上のキャパシティーがある様だ・・・。
それは最近のカレラ社の24の車にも云える事なのだが、中には18V 以上の電圧を要求する物もある。
ドイツのサイトを見てみると、この初期のビューラー社製モーターの許容電圧を18V~20Vと書いてある所もある。
ちなみに、手持ちの12Vのパックで回した所、そこそこの回転を得られたので、FT シリーズ程ではないが、日本のサーキットでも走らせる事だけは可能の様だ・・・。
(多分、F200より遅いだろうが・・・。)
最近のデジタル物はダメな様だ・・・。
(今、クラブのメンバーにもいろいろ聞いている最中である。 笑)
写真の上段は、当時のRTR等に良く付いていたビューラー社製のモーターで、O氏にうかがった所、缶のマークは ”モミの木” であるそうだ。
当時カレラに使用されたモーターは以下の物だった。
1 ビューラー社(2種)
2 HB モーター
3 Renn モーター
4 マブチ 16D 36D 26D 等
下はマウントにモーターを装着した状態の中期、後期の物だが、マウントにも違いが見られる。
ちなみに、手元には無いのだが・・・、26D 用のマウントは又別に存在する。
これは後にオプション・パーツとして発売された物の様だ・・・。
参考: Carrera 124 Motoren  (web)

② Carrera 124

 謹賀新年
正月も2日目になると、TVばっかりで時間を持て余し、時間のある内にと、ごそごそ動き始めた・・・。(笑)
今年も宜しくお願い致します。

カレラ社は1920年に先々代のヨーゼフ・ノイヒェルが、ニュールンベルクに程近いフェルトにブリキのおもちゃの会社を興したことに始まる。
1957年には既にイギリスでスケーレクストリックが発売されていたが、カレラ社は1963年に 1/32 のサーキット・セットを発売し、1967年に 1/24 のサーキット・セットの発売を開始する。
カレラ社は、1965~1967年の世界的なスロット・カー・ブームの中にあって、自社開発のサーキット・セットを販売、・・・つまり、ホーム・サーキットに主眼を置いた会社であった。
カレラ社は、その後何回かの財政危機(悲劇)を迎えるが、現在まで、当時と同じようにサーキット・セットの販売を継続している。
メルクリンをはじめとする幾つかのメーカーと同じで、ヨーロッパのスロット・カーは、小さいスケールの車のサーキット・セットが多かった。
(参考: Carrera124 web)
        
Carrera 124の最初の車は、番号から推測してもポルシェ・カレラ6とディーノ206SPと云う事になるのだが、RTRの箱絵から、当時発売されていた車達がうかがえる。
これらの車が60年代のカレラ124の初期の車達であろう・・・。
今では32のカレラのスロット・カーなど、さして珍しい物ではないし、また、マニアの間でも速くないのか?、人気もいまいちの様だ。
24の車に関しても代理店が無いせいか?、あまり見かけることもない・・・。
実は、これには大きな理由があるのだ・・・。

  大晦日


天気予報では、大晦日、元旦と天気が崩れるとの事だったが、東京は綺麗な夕空であった・・・。
例年我が家は、大晦日の午後に、私が我が家と実家の正月の食材を買出しに出かけるのが恒例となっている。 今年は2軒のデパ地下を回る事となってしまったのだが・・・、これが私自身、唯一年の瀬を体感する事が出来る行事なのかもしれない。
(残念だが、今年の忘年会はすべてキャンセルしてしまった。)
TVの前は、久しぶりに来ている娘と家内と愛猫に占領され、私は仕方なく自室でPCに向かう事となった。
例年の事だが・・・、私自身の今年を振り返ってみると、可も無く不可も無く過ごせた様な気はするのだが、父の入院には大分疲れた・・・。
(逆に、こちらの方がやばかった!!)
そのせいではないが、最近歳とともに ”だらしなく” なったのか・・・、大掃除も仕事場と玄関先のみで、今年は洗車もしていない。(苦笑)
ブログも脱線して、おもちゃ以外の ”八っつぁん、熊さんの時事放談” が多すぎた・・・。 未完成車を増やしただけで、肝心の完成車も殆んど無かったような気がする。 来年は・・・と、思うのだが・・・、今のペースを維持するのが精一杯かもしれない。(涙)
(観るTVもなさそうだし・・・、これから、少しモーガンでもいじってみるかな~?!)
今年もつたない私のブログを覗いてくださった方々に感謝申し上げます。
来るべき年が、皆様にとって良い年であります様、お祈り申し上げます。
・・・・・ありがとう御座いました。

TOK 258


23日の休日の午後、少しは片づけを始めなければと思い、自室のブラインドを1枚洗ってみた・・・。
そしたら・・・、1枚で腰痛になりギブアップ!!
運動不足と云うよりも、老化が進んでいる事を痛感した。
おかげでか・・・、掃除どころではなくなり、おもちゃ作りは多少進んだのだが・・・・。(笑)
        
        
TOK258 は、モーガン・フリークならずとも車好きの方ならご存知の方は多いと思う。
1962年のルマンで1601~2000ccクラスで勝利しているのだから、さもありなんである。
数あるモーガンの中でも、ずば抜けたヒストリーを持つ車なのだ・・・。
手持ちの本によると、1956年型のプラス4が母体になっているようだが、モーガンのHPなどを覗くと、現在のこの車のボディー、フレーム等には大分補強が入っている様だ。
この車は1959年頃からレースに参戦し始めた様だが、関連のHPを見る限り、ルマン以外にもリンク、シルバーストーン、スパ、グッドウッド、モンザ等、名だたるサーキットを走っていることが判る。
写真は1960年の初期の頃の物から、ルマンでの練習走行時(?)の物、ルマンの本戦仕様と並んでいる。
62年のルマンでは、練習走行時と本戦ではファイバーのトップが異なっている所が興味深いが・・、ゼッケン・サークルの位置も異なり、何か本のミスプリント(?)の様な気がしないでもない・・・。
今回は、タミヤのモーガンをいじりはじめたのだが、24のモーガンと云うのも、タミヤ以外では見当たらない様な気がする。
改造箇所のメインは、やはりファイバーのトップだろうか・・・。
後はボンネット上のルーバーの足し算、引き算なのだが、これが中々上手く行かないのだ・・・。(涙)