① 1/25 1962 Ford Thunderbird : Promo (Junk)

GWには久しぶりに八ヶ岳の田舎にのんびりと行ってきた。 ・・・子供達の仕事や孫の学校の都合もあるので、いつもGWや夏休みがみんなで集う機会になっているのだが、この時期は高速道路も渋滞するので出来る事ならば毎年GWだけは内心避けたいと思っている。  標高が1400m以上ある高原(山岳地帯)なので朝夕はまだ寒く、暖炉に薪をくべなくては夜は過ごせない様なところだ・・・。

休暇を取る前からなのだが、この62年のサンダーバードのジャンクを工作机の上に広げて旅行に出てしまった。 このサンダーバードのジャンクは20年以上前から持っていた車で、どう云う入手経路だったかは失念してしまったが、ボディーの欠品や欠けも多くとても手を付ける気など数年前までは起きなかった車だ。   (・・・当時この車のオーナー?のお子さんが相当乱暴に遊んだ車の様に見える)

60年代初期のこの形のサンダーバードは 65年当時発売されていた MonogramやAMTの旧車種のスロットキットと見比べればシンプルでスマートさがあり大分モダンなスタイルに変化し、私の好きなアメ車の1台でもあった・・・。 1/32ではこの形の車が東京プラモから発売されていたが何年のTバードかは判らないし、また製作したことも無いのだ。

今回も酷いジャンク故、製作にあまり気乗りはしないのだが、以前にも多少は手を入れているのでトロネードに続きこのTバードをスロットにしてみようか?と思っている。  ・・・御覧の様にフロントスクリーンも欠けているしテールライトも紛失して存在しない。 ボディーにも小さなチップ(欠け)が多数存在しているのでちょっと時間が掛かってしまいそうだ。 ・・・おまけにこの車のレースカーも殆ど見かけたことが無いんだよな~・・・?!  面白みのないただのサルーンになるのかな~・・・?!

⑥ 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

今年も既に師走の半ばを過ぎてしまった・・・。 それにしてもこのジャンク・ボディーだったアストンのDBR1には随分と時間が掛かってしまった。  

時間を掛ければ良い物が出来るなどと云う風説を時々耳にするが、このDBR1に限ってはそうでは無かった。 工作に集中して継続的に進めていければ良かったのだが、途中で随分と中座することが多かった。 また、計画性も無く「行き当たりばったり」的な工作だったので、いつもの事だが出来は決して良くない。

・・・とりあえずジャンクのDBR1のボディーが、1台どうにか年内に完成させることができた~・・・、と云った安堵感だけである。だんだん五感も老化し集中力も継続できない歳になってくると、やはり最初にそこそこの資料集めと計画性が必要になる。 

今回のDBR1は1957年にルマンに本格参戦した初期の部類に入る車なのだが、1956年に初参戦したDBR1とはフロントフェンダーやライト周りなどが大分違う。 

3年後にはホイル・アーチがフロント、リア共に被る様な車にもなったが、個人的にはこの57年タイプのボディーが一番好きなのである・・・。(いろいろボディーをいじる手間も省けるからか・・・? 笑)

1957年のルマンはジャガーDタイプの当たり年で、1位から4位までを独占し、6位にもDタイプが入賞している。 

今回のアストンのDBR1(#19)はそんなDタイプとのつばぜり合いの中にあって、10時間目にギアボックスのトラブルでリタイアしてしまったちょっと情けない(残念な)車だ・・・。 

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⑤ 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

11月も既に月末に近づき、何かと気ぜわしくなってきた。 ラグビーのワールド・カップも南アフリカの優勝となったが、ネルソン・マンデラ氏がアパルトヘイト下の南アフリカ大統領になった当時の歴史的なNZ戦を彷彿させる大一番で、僅か1点差の良い試合であった!! 

既に今月中には完成させたいと思っていたこのDBR1なのだが、なかなか製作意欲がわかず、未だに細かいパーツをちまちまと製作している・・・。

内装は適当に作ってしまったのだが、外装のスモールランプやボンネットのキャッチピン等は手持ちのジャンク・パーツから上手く見つけられず、それらしく自作するしかなかった。 ワイパーもこれからだし、トランクのヒンジ等は未だに形状が判らず、悪戦苦闘している・・・。

シャーシー関係はフロントのスピナーを半田付けしてほぼ完成しているのだが、ボディーのマウント・ポストを変更したり、一部リアタイヤがボディーに当たる部分も出て来てしまっているので、こちらも調整しなければならない。

ボディの裏側も大分汚いので久しぶりに黒の塗装で粗を隠そうかとも思っている。 ・・・一番の問題点はフロントグリルをどうやってマウス内に固定するかだ~?!

④ 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

世界的なコロナ禍が幾分終息に向かい始めた頃にロシアがウクライナに侵攻し突如侵略戦争が勃発した。 既に1年以上の戦闘状態が続いている。 今度はハマスとイスラエルの本格的なテロの報復合戦が始まってしまった・・・。 今年は過去に例を見ないほどの異常気象でもあったし、地球規模の厄年であった気がする・・・。

ラグビーのワールド・カップもいよいよベスト4が出そろい、今朝はNZがアルゼンチンをノートライの大差で破り決勝進出を決め驚いた!  伝統の6ネーションズ・ラグビーの強豪国が僅差で敗退し、南半球オセアニアグループが頑張っている。 準々決勝も素晴らしい試合ばかりであったが、・・・やはり決勝は南アとNZの伝統国の試合になりそうな気がしている・・・。 

・・・イングランドが頑張れるか?! 

DBR1の方は大分涼しくなってきたので、使えそうなパーツを探し出したり塗装をしたりとだんだん製作ペースが戻ってきている。 未だに下地が完全とは云えないボディーなのだが久しぶりに昨晩塗装を噴いてみた。

古いDBR1などは60年代中期以降のアストンの各車より幾分メタリック・グリーンの色調が濃い車が多い様だ。 久しぶりにカラー調合をしたのだが中々それらしい色が作り出せなくて、二度塗りになってしまった。  

手持ちのそれらしいデカルを張り付けて、それを抑えるためにクリアーを軽く吹いてみたのだが、下地のシルバーが目立たなくなってしまい、御覧の様なモスグリーンのロータスの様なボディーカラーになってしまった・・・!!  

良く観ればシルバーが入っているのは判るのだが、遠目で見た感じはDタイプカラーの様にも見えてしまう・・・。 やはりシルバー系のボディーカラーは、シルバーの量で大分雰囲気が変わってしまうので難しい。     ・・・・・参ったやな~?!(涙)

③ 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

9月も既に月末にさし掛かってしまった・・・。 今月はラグビーのワールド・カップがフランスで開催されているので、週末の土曜日、日曜日の深夜はTVに噛り付いて観戦していたので、おもちゃの製作ははかどらないし寝不足と猛暑でちょっと体調がすぐれない。

各プールのグループリーグ通過は来週早々には決まりそうだ・・・。 前回、前々回と日本チームは頑張ってくれたので今年も期待はしているのだが、Dプールを3勝で通過するのはちょっと厳しそうな気もしている・・・。 

Dプールの初戦のイングランド対アルゼンチン戦も、イングランドのSOフォードのドロップ・ゴールなどの得点で難敵アルゼンチンを数的不利の中抑え込んだ試合には「孫氏の兵法」を垣間見た気がした!

また日本対イングランド戦の敗戦時に、フランカーのリーチ・マイケルがゴールポストを背にしてしばらく座り込んでいるのを初めて見たのだが、今まで見た事が無い光景で印象的だった!  優勝などとは云わないけどとりあえず2位通過出来れば、再びベスト8の世界ランキングには戻れる・・・。

なかなか進まないDBR1は未だにこんなところをうろうろしている。 エグゾーストの開口部を反対側に新たに開口したり、リアのホイル・アーチを含む内装に苦しんだりしていた。 おまけにシャーシーを固定するリア・ポストの安定的な設置場所も見つからない有様・・・!

DBR1は1956年(後期)頃からレースシーンに登場し1959年以降まで走っている。 出来るだけボディーの工作を減らしたいので、1957年にルマンをサルバドーリとレスレストンがドライブした#19(DNF)の車にしようかと思っている。 それでも結構直さなければならないところや不明なところが多く、毎度の事だがまた雰囲気だけの車になってしまいそうだ。(苦笑)

② 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

私は自宅に仕事場を含めて数か所ほど自分専用のデスクを持っているのだが、古い家なので仕事場と自宅の居間、自室以外にはクーラーは付いていないのだ。  工作室にも古いクーラーが付いてはいるのだが、プラモの箱やジャンクパーツの箱がうず高く積まれており、すでに10年以上使用したことが無いのだ。 ・・・おまけに埃だらけである!

そんな部屋で毎夏、窓を開けては夜な夜なおもちゃ作りをしていた訳なのだが、今年の夏は流石に猛暑でおもちゃ作りどころかサウナ風呂化した工作部屋には殆ど近づけなかった・・・。(苦笑)

それでもなんとか、シャーシーバランスがあまりにも悪そうな片寄りILのマウントを、SWのリアマウントのシャーシーに作り替えてみた。

リアのトレッドがボディー内に収まるのか?、FT16Dのモーターはホイル(タイヤ)に当たらないか?、モーターの高さが低いリアトランク内側のボディーに当たらないか?、細かな計測や微調整に結構苦労していた・・・。

リアタイヤはカレラ用に製作された1/24用ウレタンタイヤを使用したのだが、カレラのホイルに合わせて製作されているので、内側に大きな溝が切られてしまっている。 今回も家庭用のゴムホースを切り出しこの溝を埋めてゴム系接着剤でしっかり固定した。 既に外径を合わせる為にタイヤの芯出しをしてみたが、接着には問題はなさそうだ・・・。

また、フロントはピアノ線のフリーホイルになっているので、パイプの中にもう1本パイプを通し半田付けしてある。 モーターも古い36用のピニオンギアでは内径が合わないのでパイプを入れてたたき込んである。

スーパーギアも今回はCOXの物を使用したので、工業用の薄いアルミテープを3mmシャフトに部分巻にして芯ぶれが無い様にイモネジで留めている。(この方法は以前から良く使っているのだが、フル回転させても殆どギアの当たりには問題が出ていない・・・。)

ボディーは昔入手したレジンボディーをとりあえず使っているのだが、ストロンのオリジナルの古いジャンクボディーに切り替えたいと思っているのだが、何処に仕舞いこんでしまったのか?なかなか見つからなくて困っている・・・。(涙)

① 1/24 Aston martin DBR1 (Strombecker?)

梅雨も明け、毎日猛暑が続く今日この頃。 流石に私もバテ気味でここしばらくは工作机から離れて、涼しい居間のTVでスポーツ番組を観たり文庫本を読んだりと、体を動かさない日々を過ごしていた・・・。

先日、友人がアストンのエンブレムデカルを送ってくれたので、放置車両の中から未だに完成させたことのない車種を選んでシャーシーの製作をのんびりやっていた・・・。 上は古い写真を引っ張り出して再利用したものなので画質や変形はお許しいただきたいのだが、今回はこの中からDBR1を選んでみた。

まずはシャーシーの製作だが・・・、私は、昔から一番オーソドックスなモーターの搭載方法はILだったと思っている。 その後GTカーなどではSW方式が増え、60年代後半にはアングル・ワインダー方式のモーター搭載方法の車も増えた。  これはモデルカーレーシング(遊び)からスロットカーレーシング(競技)へと変わって来た事を意味するし・・・、安定性とスピードを両立させた必然的な技術的進歩だとも思っいる・・・。

毎度の事だが、今回も手持ちのボディーと使えそうなパーツをかき集めて、アンシンメトリーな簡単なローリング・シャーシーを製作しようと真鍮板を切り出してみた・・・。  オープン2シーターの常で、ロータス11や一部の古いフェラーリなどと同じようにモーターがみえない様に片側に寄せて搭載する方法だ。 ・・・しかしFT系(FT16~36D)の古い缶モーターはやはり重いね~?!

モーターも小さくスムーズで扱いやすい現行の物を使えば製作は簡単なのだが、私の個人的なこだわりの為か? やはり古い缶タイプのFT系のモーターを搭載したかったので悪戦苦闘の日々が再び始まってしまった・・・。(笑)

とりあえずはモーターを片側に寄せたILのマウントをセットしてはみたものの、やはり左右のシャーシーバランスが悪い。  細いタイヤに重いモーター、左右のバランス取りも難しいシャーシーと云う事で、ここ1週間ほどは手つかずの状態であった・・・。  

またタイヤを含めたモーターがボディーリア部分に上手く収まるかどうかで、SWのリアマウントに変更するかどうか?をいま思案中である・・・。(苦笑)

② 1/24 Lotus30 (K&B: RTR)

初めてのコースでの開催であった全米オープンゴルフも終わってしまい・・・、気が付けば今年も6月の後半になってしまった・・・。  5月6月と、陽気も暑かったり涼しかったりと結構天候不順な日が多く、私自身もちょっと体調を崩していたので、既に完成していたこのロータス30のブログもなかなか書く気になれないでいた・・・。

ジャンクとして長い事眠っていた車を簡単に製作したものなのだが、唯一の大きな変更点はホイルをRMクラフトのダイキャストホイルに変更したこと位であろうか・・・?!  K&Bのホイルも御覧の様に初期のロータス30(13インチ)にしては多少大きめのポジロック・ホイルが付いていたので、大きさ的にはK&Bのオリジナルとそれほどの差はない。 

デカルも手持ちの残り物を使用しているので、フロントとリアでは字体が異なっている。 前後のホイルアーチには修正時に小さなフランジを追加してある。  また前回のUP時にはワイパーをつけ忘れていたので追加した・・・。

初期のロータス30はイギリス本国ではスポーツカー・カテゴリーに含まれる車で、ロールバー無しの車やフロントスクリーンにワイパーが付いた車が幾つかのレースを走っている。 当時の世界スポーツカー選手権のレギュレーションとイギリス・スポーツカー選手権のレギュレーションの違いが、同型車でもイギリス国内での同時開催時のレースでその違いが見られて面白い。 

この#55の車は1965年のプログラムの表紙にはなってはいるが、前年の64年の5月に行われたシルバーストーン・インターナショナルにイアンウォーカー・チームから出場した3台の中の1台で、クラークがドライブしたものである。 リアの形状は資料の写真が見つからず想像での製作になっている。

当時のスロットカーではキャブのラムパイプに透明プラスティックのカバーが掛けられている車が殆どであったが、簡単なメッシュのカバーだけであったり、ロールバーすら付いていない(欠品かと勘違いされるかもしれない)ロータス30の低く流麗な曲面ボディーが、後の空力改造パーツが増えてしまったロータス40等と比べると、私にはクラッシックで新鮮に感じられるから不思議だ・・・。

① 1/24 Lotus30 (K&B: RTR)

今年の5月の連休には田舎にも行けなかったし、娘の交通事故被害などでバタバタしていて、久しぶりに10日ほどおもちゃにも手を付けられない状態が続いていた。 (幸いにも娘の横断歩道歩行中の交通事故被害が軽傷で、数日の入院で済んだことが何よりであった!) 

私だけではないだろうが・・・、そんなこんなで自分の中で夢見ていた老後とは程遠い現実なのだが、これも人生、運命、宿命などと云うものなのだろうか?、じたばたしても仕方がない事であるのだが人生とはなかなか思い通りに行かないものらしい。  そしてまた、ブログを書くのも億劫になって来ている・・・。(苦笑)

最近は老眼も進みおもちゃも上手く作れなくなってきているのだが、タミヤのP2製作時の“待ち時間”にジャンクのK&Bのロータス30をいじってみたのでUPしてみようかと思う・・・。 

素材は写真の様なオレンジのジャンクカーで、上下のボディーを6か所タッピングビスで留める事でFT36モーターをしっかり抑え込むことが出来る。 フロントの軸受けは鉄製の別パーツでこれもネジ止めだ。 

車にはマブチのFT36がSWで搭載されているのだが、その割にはボディーの固定用のネジのポストの為か?、COXと比べるのはちょっと可哀そうだが、コックピットの造作が簡素でやや貧弱な感じがする。 箱には9V ローヤル ボブキャット モーターと記載されている。

ボディーカラーはオレンジと御覧の様なダーク・グリーンの2種類だけであった。 プラスティック・ボディーではあるのだが、K&Bとしては珍しいノーフレームの車で、イマイのF1シリーズやMPCの1957年リベントロウ・スカラブ、ランチャ・フェラーリと同じ様なモナカ形状のボディー構造を取っている。(私は以前からK&Bのフレームの種類は他のメーカーと比べても多いメーカーだと思っていた。 それが今回はノーフレームの車である!)

この車はK&BとしてはCOOPER-F1と同時期(1964~1965年初期)に発売されたRTRのみのスロットカーで、御覧のような箱入りの物と、ビニール袋にただ完成車が入れられた形での2種類の販売方法がとられていた。  

RTRのスロットカーの残念なところは、綺麗に塗装された現在の1/32のRTRのスロットカー達と同じなのだが、車種によっては本来実車には無い金型合わせの為のラインがボディー上に出てしまう事だ。  このロータス30もモナカ構造の為、ボディーを真横に切った様な合わせのラインがしっかり出てしまっているが、パーティングラインや合わせのラインが気になってしまうのは、今の目で見ているせいからかも知れない・・・。 

当時の子供達がガンガンサーキットで走らせた事を考え併せてみると、このモナカ構造のボディーは通常のプラスティック・ボディー+金属シャーシーのスロットカーよりもクラッシュした時の剛性は良かったかもしれない・・・?!

 

④ 1/24 Ferrari 330(275) P2 (TAMIYA)

コロナ禍以来、外出が少なくなってしまった我が身にとって季節の移ろいは思った以上に早い様で、桜が終わったかと思ったら新緑が目にしみる時期がまた廻って来ていた・・・。  おまけにもうじきゴールデン・ウイークも始まる・・・。

どうにか無理をしてタミヤのP2を仕上げてはみたものの、予定していたルマンのNo22のクーペとは程遠い普通のオープンのP2をまた作ってしまった~・・・。 ・・・No22のP2には機会を見つけて再挑戦するしかあるまい。

好きな車なのだがどうもフェラーリのP2とは子供の頃から相性が良くないのか・・・?、メーカーが違うだけで、同じ様な車ばかりを何台も作っている気がする。 ・・・それも毎回製作には結構苦労しているのだ!(苦笑)

今回はタミヤの再販ボディーのパーツを出来るだけ使用して手間を省いてはいるし、そぐわない様なパーツだけは自作か手持ちのジャンクのパーツの中からそれらしい物を選んで取り付けている。 塗装もウレタンが主流の現在ではあるが、私は未だにラッカー・クリアを使っている。  

仕方なく選んだ今回のP2は、1965年のニュルブルクリンク1000Kmに出場したヒルとスチュワートが乗った275P2である。 330P2ではない。 

ラインのカーブが違ったり、テールのスポイラーが多少小さくスピナーにも難点があるのだが、おもちゃをいじれる時間にもゆとりが無いので、とりあえずこんなところで良しとするしかあるまい・・・。

・・・一番下の写真は大分前に製作した学研のP2である。 この頃はまだ父が存命中だったし、この車のボディーの改造にも結構苦労した思い出がある。(笑)