② レベルのポルシェ RS60 (1/24)

人生とは、中々思うようには行かないものである。
子供達が育ち、やれやれと思った頃には、今度は両親である。
私には80代の父母がおり、お蔭様でどうにか健在で過ごしている。
どうにかと云うのは、高齢なので、週に2~3回は病院通いをしているからだ。
先日も救急車騒ぎになったが、今はまた持ち直して二人で生活している。
・・・だんだん、老老介護になりかけております。(笑)
   
巷は3連休でしたが、私は両親を外食に連れ出したぐらいで、仕事とTHE OPENのTV観戦で明け暮れておりました。
それでも、多少なりともRS60のボディーに手を入れて製作を進めました。
モデルにする車が中々見つからず、結局、ルマンの全出場車が出ていると云う、「24 HEURES DU MANS」の中からリアにフィンのある車を見つけ、それをモデルにしました。
フロント・スクリーンを直接接着しても良かったのですが、サイドのスクリーンが上手く止められないので、スクリーン周りに、ぐるりとエッジを回しました。
又、フロントにはスクエアなタイプのスモール・ライトが付くので、COXのフォードGTのスモール・ライトのレジン・レプリカをそれらしく付けてみました。
写真ではバックレストがドライバー席の後ろだけですが、レベルのボディーは助手席側まで伸びています。
削ろうかな~・・・?、とも考えましたが、ボディー裏面のリアのシャーシー・ポストが迫っていたので、このままで目をつぶることとしました。
あまりやり過ぎてしまうと、かえってレベルのオリジナル・ボディーが持つ当時らしい雰囲気を壊してしまいます。
素材が欠品の多いジャンク・ボディーでしたが、今回のレストアも幾分やり過ぎのきらいがあります。
既にベースホワイトは吹き終わり、後は簡単な表面処理で、本塗装に入ろうと思います。

① レベルのポルシェ RS60 (1/24)

アナリストによれば、日本の景気も昨年の11月頃をピークにして下降傾向になって来ているという。
確かに最近道路が空いている気がする。
ガソリン価格、穀物価格の高騰等、心配すれば種は尽きないが、ここはのんびりエコも兼ねて、無駄な出費は押さえて生活するしかあるまい。
幸い私は食道楽でもなく、まして左利きでもない。
悲しいかな、400円前後のコンビ二弁当でも満足出来る人間である。
欠点と言えば、未だにタバコが止められない事と、気が多い事だ。
この際、のんびり、買いだめた古いおもちゃでも作りながら、時を過ごそう・・・。
  
今回は、ロータス23と一緒にサーキット・セットの中に入っていた相方のRTRのポルシェのRS60で、製作開始はロータス・ポルシェを作っていた頃だったかな~?と思います。
このボディーをしげしげ見ていると、やはりリアの2枚のフィンの位置が気になります。
多分、RS60の1~2年前の同型車の718RSKでも作ろうと思っていたらしく、フィンを付けたのでしょう・・・。
既にパテもガチガチに固まっており、外側にフィンの位置をずらすなどと言うことは、おくびにも考えていません。(笑)
この陽気ですし、他に始めている事もありますので、とりあえずこのままなんとかしようと思います。
そんな訳で、今回は簡単な製作記になってしまいました。
写真は、2日程かけて探したジャンクのスクリーンとフロントに追加した筋彫りです。

(付録)
友人から、「写真の後ろの黒い車はなんだ~?」と云うメールを貰ったので、UPしておきます。
これは先日、ヤフオクで買ったストロンベッカーのMGAのジャンク・ボディーで、中々珍しい車だと思います。
いつもの事ながら、ジャンクですと気がね無く作れるのがうれしいです。
この車はモーターライズとして60年初期に発売されていたもので、2種類のパッケージで発売されていましたが、写真の箱は後期のコンパクトなパッケージのものです。
サイズは1/24と記載されていますが、1/22位の大きさがあります。
 

錯乱

人の心は”うつろい”やすいものである・・・。
昨年まで、いや、1週間前までこう思っていたことが、今日は変わっている。
ある作家が、「肉体の弱さは許せるが、精神の弱さは許せない。」と云っていたが・・・、まったく昔の人は強かった!!
志の為には死ねたのだから・・・・。
だめだ~・・・、今日は何を書きたかったのか、判らなくなってきた!!
・・・暑さのせいにしよう。   (んぁ~たく、もう。)
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昨晩遅く、次回UPする車を探して例のプラスティック・ケースをいくつか開けてみたが、完成車が見当たらない・・・!!
たしか、RS60もコブラ・フォードも作った記憶が有るのだが、見つからない。
夜中に幾つかあるダンボール箱の中まで引っ掻き回す元気は無い。
日頃おもちゃの整理などしていないので、時々持っている車でもオークションで大枚をはたいて買ってしまうことがある。
しばらくして、変な所から同じ車が出て来て、「あれ~・・・?!」と云う事になるのだが、後の祭りである。
昨晩引っ張り出した#7のコブラは、既にクリアまで吹いてあるが、何の車を作りたかったのか、ヒストリーが思い出せない。
コクピットも剥がさないで塗装をしてあるところを見ると、相当接着剤が強いのだろう。 
ドライバーの頭も付いている。
RS60はRTRの車だ。
おまけにリアに”尾びれ”が付いているが、位置が変な気がする。
(自分でつけたんだろ~に・・・。 笑)
ライトの穴あけもしてあるし、フロントの口も塞がれている。
どの車を作ろうとしたのだろう・・・?
この車もドライバー・ヘッドが付いているので、塗装が大変だ。
見たところパーツも殆ど無い。
これから資料を探さねばならないし、この時期の製作はちょっと参る。
・・・そんな、こんな、を考えている内に、私の週末は又終わってしまうのである。

② レベルの’65スティングレイ(1/24)

F-1イギリスGPとウインブルドン男子ファイナルのTV観戦は、久しぶりに楽しめました。
特にウインブルドンは、フェデラーの6連覇が掛かっていたので、2:2になるまでは見ていたのですが、既に深夜3時を回っていたので、やむなく寝ました。 
翌朝PCで結果を確認したら、6連覇はならなかった様です。
それにしても、良い試合でした。
   
・・・そんな訳で、65年のスティングレイのレーシング・バージョンなんて、おいそれとは見つかる訳も無く、塗装の剥離も大変なので、このまま”もどき”の製作を続行しました。
・・・再度、この車を作ることが有るとすれば、コグレを使うのが正解です。
それにしてもレベルのスティングレイは、AMTやコグレと比べると、”ずんぐりむっくり”した様な贅肉の付いたスタイリングをしています。
この車のホイルはレベルのオリジナルで、ホイル・インサートは古いストロンベッカーのスタティック・キットからレジン取りしてはめ込んであります。
シャフトはスピンナーの分だけ長めの物に変えて有りますが、ホイルは内側から通常のナットで固定し、スピンナーは落ちない程度に軽く止めています。
ボディー自体はレベルのドノーマル状態で、フロントの口開けと、リア・バンパーの穴埋めだけです。
ボディー上のバッチ類、フィラー・キャップ等も、残念ながら削っていません。
マフラーは3mmのプラ棒をライターであぶり、曲げて使っています。
本来、グランド・スポーツにはフラッシャー・ランプ類の周りにリムは有りませんが、殆どを残してしまったので、仕方なくハトメを使いました。
実際のところ、これらの円形のライト周りは老眼で上手く塗れません。
合ったハトメを上手く利用することが昔から多いです・・・。
リアの4本のスリットはデカルです。

今回UPした車は、普通のFT36モーターを使った車ですが、FT16Dを使ったFIRE BALLシリーズが後期に発売されています。
汚い箱ですが・・、これが後期版で、通常の箱の上に印刷が重ねられ、FIRE BALL MOTORと書かれているのが特徴です。(写真)
後期には、シャーシーー・キットにもこのシリーズのフレームが有りました。
このシリーズは今回の65’スティングレイ、コブラ・フォード、フェラーリ250GTOの3車種に存在します。
その内、このシャーシーの車をUPしたいと思います。

① レベルの’65スティングレイ(1/24)

ここの所、梅雨なのに良いお天気が続いております・・・。
しかし、日本経済、いや世界経済はどしゃ降りの模様です。
明日からG8・サミットが始まりますが、効果的な共同声明が出せるのでしょうか・・?
日経は、12日間連続下落。(半世紀ぶりの大記録だそうです。)
つい数年前までは、「3年先は判らない」と云われていましたが、昨今は、「半年先が判らない」状態になっている様な気がします。
原油高騰、少子高齢化、環境、年金問題、食の安全等、今までに無いほどの難問が、今の日本には山積しています。
本当に、日本はどうなってしまうのでしょう・・・。
 
さて、今回は1/24のコルベット・スティングレイです。
写真を見た瞬間に、「なんだ、これ~!!」と云われてしまいそうですが、・・そ~なんです、グランド・スポーツの”もどき”なのです。(笑)
どう云う訳か私の場合、スティングレイにはカラー・イメージが湧かないのです。
この車も入手当初は、フロント、リアのバンパーレス、ステップの飾りモールド無しの状態でした。
(片側にバンパーが1個付いていても、どうにもなりません!!)
同車種のプラモデルから色々バンパーを探しては見たのですが、どれも ”帯に短し、たすきに長し” で上手いものが見つかりませんでした。
とりあえずカラー・イメージの無いまま、バンパーの穴埋めだけして、無難なアーモンド・ホワイトを塗装し、例のプラスティック・ケースの中に入れてしばらく放っておいた車なのです。
・・・それからしばらくして、マーシュ・モデルズの1/43の完成車の写真を見つけ、そのカラーリングに触発されてブルーのストライプを塗装しました。
吹いてしまってから気づいたのですが、ボディーがまったく違うのです。
(レベルのは65年の市販車でした。 涙)
その後、又他のコルベットを作ることもあろうかと、グランド・スポーツの本を購入したりして調べましたが、やはり致命的でした。

レベルのロータス・フォード(25)

瞬く間に、今年も半分が来てしまいました。
よく、「捨てる神あれば、拾う神あり・・」などと云いますが、どうやら私には”拾う神”が憑いている様です。(笑)
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私の模型部屋(3畳程の屋根裏)の床には、数十個のプラスティック・ケース(100円ショップで買った物)が積み重ねてあります。
ケースの中身は古いスロット・カー達で、手付かずのジャンクもあれば、製作途中で頓挫したもの、中には、割れ欠け、パーツの欠品多数で、一生モノにならない様な車(パーツ取り)まであります。
ブログの最初が23Bで、その後BRMと来ましたので、今回はその箱の中からレベルのロータス・フォード(25)をUPしたいと思います。
この車の製作開始は、やはり数年前でした・・。
2台とも塗装まで済んでいたのですが、欠品パーツが多く、今年になり何とか形になった車です。

この車は、ジム・クラークが1962年のイギリスGPでドライブした車をモデルにしています。
レベルのロータス25は、レベルのスロット・カーの中でも初期のもので、日本のスロット・カーのボディーにも大きな影響を与えた車の様に思います。
今の目で見ると、ボディーはやはり”おたんこ”と云わざるを得ませんが、1/24のモデルに恵まれない25ですし、45年前のモノだと云うことを考えれば、上等の部類に入るのではないでしょうか・・・。
2台ともジャンク状態のモノでしたが、この車は欠品が少なく、無塗装でしたので、製作は楽でした。
いじった箇所はリアのカウルの穴あけとファンネルをハトメに変えた位です。
ラジアス等のロッド類も付けようかと考えましたが、あまりいじりすぎると当時の雰囲気を損なうと思い、モデルの車の表現だけに留めました。

この車は1963年の Aintree 200 のレースの時のもので、タイトル争いをするクラークが、チームメートのTrevor Taylor の車に乗り換えて戦った時の車がモデルになっています。
この車は本当のジャンクで、スクリーン、エグゾースト、モーター、モーター・マウント、ホイルインサート、ドライバー、その他欠品多数で、殆どボディーとフレームにタイヤだけの状態でした。
マウントはアルミなので、ハンズで同じ肉厚の素材を買い、ボール盤で穴あけし、リアのエグゾーストもアルミ・パイプで自作しています。
スクリーンはヒート・プレスですが、オリジナルのスクリーンが大きすぎ、又、前面も立ちすぎているので、多少低めに作ってみました。
右の写真はシャーシーですが、手持ちのスペーサーが少ないので、フロントは内側からスペーサーとダイナミックのストッパーで止めています。
その内、内径3,2mmぐらいのアルミか真鍮パイプを見つけておきたいと思います。

Auto World ③

ここの所、NHK BS2で「ミス・マープル」を楽しみに見ています。
イギリスの当時の風物がリアルに再現されており、先日も初期のモーガンとXK120が登場していました。
  
上の写真は1970年にCAN-AMを戦うAUTO WORLD XLRの勇姿。
ボディー・カウル上部にはスロット・カーのサーキットが描かれており、いかにもオスカーらしい奇抜なデザインです。 サイド・ステップにも当時のプラモデル・メーカーやスロット関係のステッカーが所狭しと張られています。
(Source: PIT STOP)
1969年からCAN-MAに参戦したオスカーは、この年、第1戦 (Mosport Park) と第6戦 (Road America) でポイントを獲得し,ランキング23位(23/32)になっている。
1970年は、第2戦 (Mont-Tremblant ) と第7戦 (Road Atlanta) でポイントを獲得し,ランキングは15位(15/31)と健闘している。
特に第7戦では4位に入賞すると云う大活躍であった。
1971年に入るとコ・ドライバーに Tony Adamowicz 選手を迎え、第3戦、第4戦 第5戦、第9戦でポイント総数34を獲得し、ランキング7位を獲得している。
オート・ワールドのスポンサーシップでの出場はこの年限りで、レースの方も、殆どを Adamowicz 選手がドライブしている。
又、この年までマクラーレンの一人天下であったCAN-AMも、次の年に出場してきたPORSCHE 917/10 により、様相が一変してしまう。
  
上の写真はACCURATE MINIATURESより発売されていたオスカーのJEROBEEマクラーレン。
右は友人から頂いたXLRのデカル。
(頂戴するまで、こんなデカルが発売されていたなんて、まったく知りませんでした。 笑)

この写真は、同じスロット・カー・クラブでCAN-AMシリーズを戦っているT氏の愛車。
丁度JEROBEE M8Bだったので、写真を拝借させて頂いた。
なんでも、アキュレートはデカルが薄く、T氏はこのデカルをパソコンで自作したそうだ。
(凄い!!)
PS: 戦績の記載にミスがありましたので訂正いたしました。 4/26)

Auto World ②

最近、駐車場に車をまっすぐ止められなくなって来て困っている・・・。
どうしても少し曲がってしまうのだ。  ・・・やはり歳なのだろうか?(笑)
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コヴェレスキー家の人々は、代々のおもちゃ好き、車好き、レース好きと云う点は共通している様だ。
父親のトニー・コヴェレスキー氏も1914年製の Statz Bearcat で、その昔レースやラリーを楽しんでいた様だ。 又、彼はオールド・トイの第一人者でもある。
オート・ワールドの当主であるオスカーだが、彼も人後に落ちない車好きである。
若い頃(1950年代初頭)はMGでSCCAのレースに出場していた。
オート・ワールド社は、販促用なのか個人の趣味なのか・・・?、それともその両方を兼ねていたのか、代々レーシングカーを所有している。
最初の車はトニー氏の Statz で、その次は Ferrari Monza である。(・・凄い!!)  
この車でトニー氏はレースをしていたのだろうか・・・?
オスカーの代になるとマクラーレンのレーシングカーを何台か乗り継ぎ、CAN-AM レースへの挑戦が始まる。
最初の車はMkⅡで、その後M6からM8Bへと進化して行く。
戦績は別にしても、排気量無制限の当時のモンスター・マシンをレーシング・モードでドライブ出来るのだから、やはり運動神経は相当良かったのだろう。
  
オスカーと云う人物を紹介するに当たり、面白い絵と文章があるのでUPしてみたいと思います。
左の絵はオスカー自身が描いた物かどうか判りませんが、オート・ワールドのDVDの中に入っていたものです。
「すべてのスポーツには、それぞれの楽しみがある・・・。」
下の丸の中にはオスカーの心情が描かれている。
1/3は、お酒と娯楽、 1/3は、カー・レース(多分)、残りの1/3はビジネスと云う事だろう。
右の写真はオート・ワールドのHPから拝借したものなのだが、これは社内報なのだろうか・・・。
「私の人生においては、この三つしかない!!」
 1、女性
 2、お酒(ウイスキー)
 3、カー・レース
「そして、お酒とレースにあまりにも多くの時間を浪費して来た。」
・・・と書いている。
日本で云えば、飲む、打つ、買うの3拍子である!!
・・・何という豪放磊落な人物であろうか。
まったく羨ましい限りである。
  
CAN-AMにおけるオート・ワールド・レーシング・チームの活躍はDVDでも見ることが出来ます。
興味のある方は autoworldmobilia.com を覗いて見てください。
(Thank you for Chris Koveleski.)

Auto World ①

今年のUSオープンは凄かったですね~・・。
月曜日(日本では日曜日の深夜)のプレーオフまでLIVEで見てしまい、3日ほど睡眠不足で仕事にならず、参りました。(笑)
  
オート・ワールドの事を書こうと思い、1週間ほど暗中模索を続けておりましたが、内容が有り過ぎて簡単なブログには中々まとまらず、概略だけを何回かに分けて書こうと思います。
オート・ワールドの前身はオスカー・コヴェレスキー (Oscar Koveleski) 氏の父親であるトニー・コヴェレスキー(AJ,Koveleski)氏により設立された小さなおもちゃ工場に始まる。  ・・・その後、生鮮食品マーケットの一部にホビーショップを開設し、2代目のオスカーの快進撃が始まるのである。
このトニー・コヴェレスキー氏も相当な車好き、おもちゃ好きな人物であった様だ。
アメリカという国は日本と違い大きな大陸なので、カタログ販売と云う方法が普及していた。
父親の成功を引き継ぎ、オスカーは車のおもちゃのカタログ販売と云う手法で、全米だけではなくヨーロッパにまで販路を広げ大成功を収める事となる。 (相当の財を成した様だ・・・。)
オスカー自身は、車のおもちゃだけではなく、実車のレース・カーも大好きだった。 ・・・スロット・カーやラジコン・カーの腕前は相当のものであった様だ。
又、オスカーは出版関係にも進出し、オート・ワールドのカタログ以外にも「Car Model」 等のモデルマガジンや実車のレース関係のNews Letter 等も出版していた。
  
上の写真はロード・アトランタのCAN-AMレース中の一コマである。
ローラのドライバーのGary Wilsonが、ラジコン・カーを調整しているオスカーを覗き込んでいる所。
右はオスカーが出版していた、”Car Model” マガジン。
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オート・ワールドの事について、もっと詳しく知りたい方は以下のURLをご覧下さい。
http://www.slotcarillustrated.com/Features/Oscar.shtm/
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1963 Ford Galaxie ②

本当に、1週間が早く過ぎてしまいます・・・。
  
私達が子供の頃は、スロット・カーのシャーシーも見よう見まねの半田付けで、改造したり自作したりして楽しんでいました。
今の私も、古いスロット・カーを勝手気ままに自分なりに作り直して楽しんでおります・・。
さて、この1963年型のフォード・ギャラクシーですが、白地に3本の赤いストライプのボディー・カラーで、1963年のBSCCに J,Willment Automobiles からジャック・シアーズ選手のドライブで第5戦からエントリーしています。
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詳しくお知りになりたい方は、検索サイトで「BRSCC 1963 British Saloon Car Championship] と引いて頂ければ、直ぐに素晴らしいページが出てくると思います。
 http://fp.gplegends.plus.com/BSCC/1963%20BSCC.htm
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ジャック・シアーズ選手は、このシーズン3台の車を乗り継ぎチャンピオンになっています。
最初はフォード・コルティナでスタートし、第5戦からこのモンスター・ギャラクシーで優勝を重ね、シーズン後半はロータス・コルティナに乗り換えています。
この車の登場により、ジャガーMkⅡの牙城が一気に崩壊を始めました。
(この頃のレースは各クラスのポイントが同列で加算されるシステムだった様で、どのクラスの車で走っても総得点が多いドライバーがチャンピオンになった様です。)
又このレースの後半戦では、同型のギャラクシーをダン・ガーニーやジム・クラーク、ジャック・ブラバムやグラハム・ヒル等、そうそうたるGPドライバーがドライブしています。

(Sourse: 1992 Classic cars “Brands Hatch on June 6 1964”)