1/3 ・・・。

そろそろ4月も終わりである・・・。   早いな~・・・!!
先週末、今週の前半と雨が多かった事も有るが、何となく模型を作る気分ではなく、小物をいじったりTVを見たりで余暇を過ごしていた。
また今週に入り、親戚の葬儀があったりし・・・・、私達の親の世代も各々、”人生の終末” を迎える時期に来ている事を痛感したしだいである。
そんな訳で、GWの予定も今年は立っていない・・・。
・・・自宅でのんびり ”巣ごもり” になってしまうかもしれない。 (笑)
      
先週UPしたA3Cだがその後進展は無く、新たにレジンでホイルのインナーを作り、ゴールドのホイルだけは作ってみた・・・。
ゴールドそのままでは色味が強すぎるので、ステンレス・シルバーを混ぜて多少トーンを落としてある。
タイヤの FIERSTONE ロゴはクラブのT氏に頂いた新作物のデカルを実験的に試したもので、当時のA3Cは実戦では GOODYEAR を履いていたことが多かった様だ・・・。
また、ラスキットのタイヤのロゴは DUNLOP である。
このタイヤ・デカルはインレタと水デカルの中間の様な代物で、ゴムタイヤとスポンジタイヤの両方にすばらしい表現を可能にしてくれるが、やはりロゴをギリギリの所で切り出さないと、糊の部分が多少目立つところはある・・・。
      
コルベットも、昨晩遅くマスキングしてとりあえず吹きだしてみた・・・。
色調は夜な夜な調合していたのだが・・・、WEBの写真からの色取りなので、本当の色は判らない。
ブルーのストライプには、幾分シルバーが入っている様に見えたので加えてみた。
マスキングの失敗でストライプの間隔がちょっと広すぎたが、雰囲気重視という事で、今回もスルーする事とした。 (苦笑)
(タッチアップ部分も多い!!)
後はサイドのシルバーのモールドの塗装だが・・・?、またまた思案橋である・・・・。

1/24 Russkit Iso Grifo A3C ②


私の記憶の中には・・・・、 当時いくつかのクリア・ボディーの車を作ったが・・・、タミヤのブラスのスプリング・シャーシーにメーカーは失念したが、真黄色のシャパラル2Cと、36のレベル・シャーシーに白と赤のオッフェンハウザーのボディーを載せたインディーカーが残っている。
あの頃は、モーターもサーキットに来ていた年長の人達から、巻き直し物を譲ってもらって付けていた事が多かった・・・・。
自分でまともに巻き直しが出来るようになった頃には、既にモデルカー・レーシングは下火になっていた・・・。(笑)
私が通っていたホーム・コース(サーキット)には、当時、モデル・スピード・ライフに掲載された、四独のホンダF-1を作ったT氏も来ていた・・・。
T氏からは、グリーンの中古のCOXのフォードGTを譲ってもらった思い出がある。

今回、衝動的に作り始めたレプリカのA3Cだが・・・、手持ちのジャンクの中から、キット・ユースの鉄(?)に黒塗装のパン・シャーシーを選んでみた。
このパン・シャーシーにはアルミ製の物も有り、アルミ製は後期に発売されていた?物の様だ。
(一部の車種には、廉価版のノーペイント・ボディーのキットと、ファクトリーペイントされた高価版の2種類のキットが存在するが、A3Cは、キットでは発売され無かった様だ。)
また、当時ラスキットがどのようなオプションのボディー・キットを発売していたのか・・・?、その全貌も良く判らない。
当時、ステーション・ホビーでラング・クーパーのクリア・ボディーは見たような気かするが・・・・?!
私の手持ちのジャンクも、後年入手したものである。
クリア・ボディーの場合、切り出してしまったり、塗装してしまうと、経年変化に弱い。
・・・その結果、シャーシーだけが残るという事になる。
今回使用したこの3ピースのパン・シャーシーだが、ジャンクなので総てがオリジナルではない。
出来るだけオリジナルの物を使用しているが・・・、ガイドとホルダー、リアのメタルとシャフト、センターのタッピング・ビスはオリジナルではない。
(リアのスポンジなどはパック物のオリジナルを新調してしまった・・・。)
このシャーシーの欠点は、切り出しとプレスが悪く、4点接地(ねじれ)に気をつけなければいけない事と、左右でホイルベースが微妙に違う事だ。
(メタル・ホールがずれている。)
又、タミヤD型と同じように、スーパー・ギアがホイルと一体になっている為、このギア付きホイルを使わないと、トレッドが合わなくなってしまう。
写真はとりあえず組んでみた物だが・・・、サッシ(ウエザーストリップ)とライト内等はいまだに思案中である・・・。
サッシは内側から上手く塗る自信がないのだ・・・・。(苦笑)

1/24 Russkit Iso Grifo A3C ①

4月も半ば過ぎだと云うのに、ここの所の小雨まじりの肌寒い天気は何なのだろう・・・?!
昨晩遅くPCを見ていたら、プライドの高いエリート集団である、アメリカのゴールドマン・サックスが米証券取引委員会(SEC)からCDOがらみの詐欺容疑で訴追されたと出ていた・・・。
リーマン・ショック以来、米国民の間にも税金の使い道に対する不満が起きており、最近ではティー・パーティー・ラリーなどという抗議集会活動が広がりを見せている。
オバマ政権もガイトナーの尻をたたいて、そろそろ集金活動に動き出したのかもしれない・・・。(笑)
最近の日本ではデモ活動も行われないほど、国民は精神的に疲弊しているし、政治には何の希望も見出せないでいる・・・。
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コルベットもそろそろ塗装でもしようかと云う頃合なのだが、雨ではまた失敗しそうなので、ちょっと躊躇している。
先日入手したラスキット・レプリカのイソ・グリフォ・A3Cの切り出したボディーがどうにも気になってしかたがないので、時間つぶしに遊びで色を塗ってみた・・・。
レジンのマスターにする以外は、ここ何十年、クリア・ボディーをそのまま作った事は無い。
クリアの良いところは内側から塗装するので、多少湿度が高かったり、簡単な刷け塗りでもそこそこ綺麗に見えてくれるのが助かる。

このA3Cだが・・・、私の車好きの琴線に触れるボディー・デザインなのだが、実車の歴史などは殆んど知らないのだ・・・。
私が知っているのは、以前雑誌で読んだフェラーリ、アルファと渡り歩いたエンジニアのジオット・ビッザリーニがイソ・グリフォの市販スポーツ・カーをレーシーに発展させた車らしいと云う事くらいだ。
実車の解説は他の方のHPやブログに譲るとして、今回は手持ちのラスキットのジャンク・シャーシーから当時のA3Cのスロット・カーを作ってみようと思う。
やはり、透明状態ではクリア・ボディーの形の良し悪しは中々わからないので、とりあえず、1965年のルマン・カーをモデルに色だけ塗ってみた・・・。
デカルも残り物の中から似たような物を拾い出し、なるべく裏側から貼ったり、塗ったりを心がけた・・・。
65年のルマンモデルも、ホイルがゴールドなのかな~・・・? 嫌だな~!!
・・・裏側から塗ると云うのも結構難しい。
ラインがハッキリしないのだ・・・!!

上の写真はイソ社から離れたビッザリーニがアメリカで販売した市販タイプのGTで、A3Cレーサーとはリア・ウインドウ等、幾つかの外観上の違いが見られる。
この車はイタリア製のボディーにGMのシボレーのエンジンを積んでいたが、当時のGMのコルベット(スティングレイ)と比べるとイタリア物とアメリカ物のデザイン、雰囲気の違いが良く判る。
(A3Cのプロトタイプのアルミボディーの製作は、先だってのフェラーリ250GTのドロコであった。)
隣は、その当時GMでコルベットのデザインを担当していた日系のラリー篠田氏。
シャパラルにも影響を与えたすばらしいカー・デザイナーである。
当時としては前衛的な篠田氏のそのデザイン・スケッチはスロット・カーのクリア・ボディーにも生かされ、何台かデザインしてる・・・。
正に才能ある、異色のカー・デザイナーであった。

56′ CORVETTE ②

いよいよ始まったマスターズでは、片山と石川が早くも予選落ち・・・!! (あいやぁ~・・・・。)
大分暖かくなってきた事は良いことなんだけど、春先は何となく気だるく、朝などは中々起きられない。
・・・・模型作りも、時間のある時に少しでも進めておかないと、また何が有るか判らない。
そんな訳で、見繕っておいたジャンクのホイルを利用してコルベットのハリブランドを作り始めた。
キットのタイヤの外径は29.5mm、内径は18mmなので、外径18mmのホイルを探したのだが、フロント用のナローな物がなくて両方ともリア用のワイドな物になってしまった・・・。(涙)
・・・おまけにフロントがサカツウ、リアがバンプロの多少酸化しかけたマグである。
(サカツウのホイルにはリムにフランジがあり、バンプロのホイルはストレートだ。 ・・・こんなんでいいんけ~・・・?)
・・・考えていても無駄に時間を過ごすだけなので、とりあえず手を進めることとした。
(こう云う時には、大体良いものが出来ないことが多い。  苦笑)
        
ホイルのパターンは以前レジンでコピーした物を利用した。
他の方もそうかも知れないが、車の模型作りでは金色(ゴールド)はあまり使わない色ではないだろうか・・?
私の手持ちのラッカーのゴールドも既に溶剤が飛んでしまい、ふたを開ける前に嫌な予感がしたのだが、案の定、干上がった池になっていた・・・。
ゴールドだけ買出しに行くのも馬鹿馬鹿しいので、シンナーを入れてよくかき混ぜて、一晩寝かせてみたら、そこそこ溶けていたので、これを使う事にしたのだが・・・、これが間違いだった!!
・・・吹くには吹けたのだが、ご覧のように粒子がばらばらで塗装面が凸凹になってしまった!! 
(あ~ぁ・・・、古いメタリック系塗料はだめなんだな~・・・!!)
剥離するのも面倒だし・・・、デフレ・モデルとしてこのまま行くか~・・・???

56′ CORVETTE


Sorce: Motor Racing Replica NEWS
クラブ・レースが終わって1週間・・・。
先週は、模型作りからちょっと離れてのんびりしていた。
仕事がらみの本を読んだり、身の回りの片付け事をしたり、雑誌をパラパラめくったりしながらの余暇であった。
今年の桜は、私の周りでは既に峠を超えた様で・・、春の突風と雨とで見所が少なかった様な気がする・・・。
先週の土曜日にNHKで放映された「無縁社会」パートⅡは、興味深い番組であった・・・。
私達50~60代では無く、これから日本を背負って立つ30~40代にも将来に対する不安と孤独が広がっていると云うのは大問題だ!!
政治経済だけでなく、人間社会(家族関係等)もドラスティックに変化している様だ。
昨日は、クラブ・メンバーの長老T氏と秋葉原に散歩と散策に出かけ、当時のスロット・カーの話やシャーシーの話などをいろいろ伺ったりして、楽しい時間を過ごさせてもらった・・・。(笑)
        
そろそろ次回のレース(セブリング)の車も考えなくてはいけない時期に来ているので、先週はその選定と資料探しなどもしていた・・・。
今回はプロトのみからスポーツカーまで枠が広がったので、56年のワークス・コルベットでも作ろうかと、古いモノグラムーバンダイのキットを引っ張り出してみた。
(インストを見たらスロットカー・フリークでもあるN氏が解説を書かれていたのでびっくり・・・!!)
コルベットにおいて56年は非常に記念すべき年で、SCCAのCクラスでチャンピオンを獲得しているし、またセブリングでも活躍している。
案の定、引っ張り出したボディーは捩じれており、お湯→水では変形を直せないので、電気ストーブでそこそこの熱をかけてどうにか使えるレベルに戻した・・・。
(しばらく様子を見ないとなんとも云えないが・・・。  笑)
写真はWEB上で探したもので、現在の1/32 のスロット・カーなどではハリブランドではなく鉄ちんのホイルにダーク・ゴールドの塗装の物も有るが・・・、本当にこんなホイルの車も当時走ったのであろうか・・・?
中央の写真は、手持ちの素材になる57年のコルベットとレジンのSR-2。

「ミス・マープル」

今週は、BSで連夜放送されている「ミス・マープル」に見入っていて、中々275Pが進まなかった・・・。
私はシャーロキアン(家族の中に2人ほどいるが・・)ではないが、「シャーロック・ホームズ」物と「ポアロ」、「ミス・マープル」等の英国TVドラマのファンである。
謎解きの面白さもさることながら、当時のヨーロッパ(イギリス)の風物(車、建物、風景、ファッション等)が好きなのである。
(特に20世紀前半のヨーロッパの風物は大好きだ。)
まったくの脱線話になるが、ここの所の民主党の迷走の行き着く果てを推理する方が、ミステリーの推理より遥かにたやすい様な気がする。(笑)
        
275Pの現在の進捗状況だが・・・、実車の写真が中々無いので、WEB上の1枚の絵から感じを掴んで進めている。
この車自体のヒストリーは中々のものなのだが、細かいところが良く判らない・・・。
例えば、リアにはナンバーが入っていたのか?(当時の模型の作例には入っているが・・・)、フロントにはフェラーリのエンブレムが付いていたのか?、内装のパネルは何色だったのか・・・?
(それにしてもこのロール・バーの位置では、リアのカウルが開かないが・・・?! 笑)
今回は間違った物を付けるより、判らないところは省略し、後で判ったときに対処しようと・・・、とりあえず手を進めた。
今回一番困ったのが、キットのハンドルを紛失してしまったことだ。
何台か同時進行しているので、どこかに紛れ込んでしまったらしく、
探すのに一晩無駄にした・・・。
とりあえず、似たようなハンドルをジャンクの中から探し出し取り付けてあるが、これも仮止めぐらいにしておこうと思っている。
最後の写真は、先程までいじっていたもので、左のライトの接着を抑える為にテープが貼ってある。(笑)
後は、明日小物を付けてとりあえず完成・・・!!

 スロット・カー・モビリア 


スロットカー・モビリアなどと云う言葉は聴いたことが無いと思う。
今回のブログを書くに当たり、今私が勝手に考えて付けてしまった造語である・・・。(笑)
オート・モビリアならば、古い車にまつわるカタログやマスコット、古い書籍、ポスター、パーツ等もろもろ、その範囲は広い。
60年代の爆発的なスロット・カーの世界的ブームは、実車の世界とは異なり、今に繋がる一つの文化とはなりえず、ミニスカートなどと同じで、ただの一時的な流行であったのであろうか・・・?
最近、海外ではこの時期の古いスロット・カーの再検証(考証)が幾つかのHPで見られるようになってきた。
確かに実車の様に生活に密着していた訳でもなく、産業構造に大きく関わっていた訳でもないので、文化というにはいささかマイナーすぎるきらいはある。
模型の世界で言えば、鉄道模型などは昔から”ホビーの王道”などと云われ、その発祥から現在までの時間的経過も遥かに勝っている。
その点から言えば、鉄道模型などは男のホビーとしての文化が既に寝づいていると云っても過言ではないだろうが、スロット・カーはどうだろう・・・?
(私は、未だに歴史が浅く趣味人口が少ないので文化と云うにはちょっとマイナーすぎる気がするが・・・、昨今の1/32のスロット・カーの充実振りは、第二期のヴィンテージ期ではないかとは思っている。  笑)
        
私の部屋のPCの上の棚には(ヤニと埃にまみれているが・・、)10年程前から当時のスロットカー・イベントのトロフィーが置いてある。
家内からは「止まった時計を置いといてなんになるの~?、掃除の邪魔なんだけど~?!」と云う苦情は始終寄せられている。
生まれてこの方、賞典などには縁の無い私では有るが、 ・・・確かに考えて見れば ”人様の勲章” を、さも自分の物の様に飾る ”浅ましさ” は他人の目から見れば余りにも悲しく映るだろう・・・。(爆)
私はただ、スロットカーのヴィンテージ期のオート・モビリア(単なるメモラビアか?)としてインテリアを兼ねて置いているのだ。
当時の少年達(?)がこのトロフィーを勝ち取る為にどれだけ楽しい苦労をしたことか・・・?!、・・・あの12~3才の頃を思い出す。
ふと、その情景を勝手に想像させてくれる、私にとっては現実逃避の楽しい小道具なのである・・・。

Monogramの275P

ここの所のアメリカのマスコミのトヨタ・バッシングは、裏にアメリカ政府の政治的意図が有るのではないかと思うのは私だけだろうか・・・?
今までどうにかGDP(国民総生産)世界第2位を確保してきたが、中国に抜かれることはほぼ確実だし・・・、逆に言えば、ビジネス二流、政治は三流のわが国が、良くここまでやってきたものだと、変なところに感心している(あきらめている)今週であった・。

今週、かかりっきりになっていたのがこの275P。
時間が有れば夜な夜な1~2時間ずつ製作しておりましたが・・・、まず、なかなか進みません!!
興が入れば3時間以上製作することもあるのですが、やはり次の日に応えます・・・。
以前、ブログ上でロードアトランタを走った車などと、その場の記憶で適当な事を書きましたが、調べてみたら、1965年のリバーサイドでした。  ・・・・済みません!
(3/17追記: またまた記載ミスです。1963年のリバーサイド200マイルでした。)
シャーシーは古い手持ちのプラフィットの改造で、そこらじゅうから使用済みのパーツを引っかき集めて製作してました。
(UPするのがちょっと恥ずかしい・・・・。 苦笑)
1回こっきりのセカンド・レースですし、昔の手持ちの車を持っていくより、作りかけのこの車もいつかは形にしなければならなかったので、頑張ってました。
今回は古典的なモノグラムのスタティック・キットをいじらずに、そのままボディー、ホイル等を使用しています。
(ロールバーを兼ねた整流板は付けてませんが・・・。)
フロント、リアとも、ホイル・アーチがタイヤにかかる車種なのでトレッドが取れません。
1.5mmクリアランスの車検に引っかかると、また厄介な事になるので、2mm強のクリアランスにしてあります。
(サイドからマウントが見えなくて丁度良いかも・・・・。)
作りかけの車だった事もあり、キットのホイル・パターンを今回そのまま使いましたが、このキット、フロントもリアもホイルのJが同じなんだ~・・・?! (知らなかった~・・・。 ちょっとな~?!)
おまけにフロントとリアのホイルに、タイヤを貼リ間違えてしまい、スーパーのスペースが取れなくなって、これまた一苦労してしまいました。
(外径はフロント26.5、リア28、レシオ14:40)
ここまで書くと、大体この車のポテンシャルが知れますね・・。(笑)

手持ちのイソ・グリフォをちょっと探し出してみましたが、ゴーセンのクリアも有りました~。
ラスキットのレプリカとはまたちょっと違う雰囲気ですが、そんなに悪くありません。
隣は遊びで切り出してみた、先日のレプリカ・ボディー。

LSの906

むかし遊んでいた車で、既にボロボロでブログにUPするほどの車ではないのだが・・・、今回の906LEのボディーとの感じを見るために、ちょっと引っ張り出してみた。
フロント周りは傷だらけで、スポイラーも折れ、レース毎に何回かのタッチアップもしている。
(この車もやはりLSのボディーからの製作であったが、フロントとリアだけはいじっている。)
この車を見るのも数年ぶりだが・・・、こんなジャンク車も未だに持っているくらいなので、我が家はゴミの山である。(苦笑)

今回製作している906LEは、いろいろ実車の写真を探したのだが良いアングルの物が無く、Web上から探した同車のスケール・モデルが見本になっている。
今回もそれほど正確なスケール・モデルを作ろうとしている訳ではないので・・・、ただ大体の雰囲気がつかめれば良いかな~・・・?と思っている程度だ。
フロント周りはどうにか上手く収まってくれた様だが、リアパネルの内側の曲面に今回も難儀している。
・・・後はリアのホイル・アーチを幾分削り込んだ方が良さそうだ。

PS: 最近入手したラスキット・レプリカのイソ・グリフォA3C.
この車も私の好きな車なのだが、モデルにはあまり恵まれていない様だ。
この車も全体の雰囲気は中々良いのだが・・・・。
なにせ60年代のクリア・ボディーなので、下回りの処理に難があるのは仕方な いところか・・・?

1/25 K&B COBRA GT (SeriesⅡ)


ここの所休みが取れていないせいか、体調がいまいち思わしくない・・・。
ここ2週間ほどは慌しかったうえに、単身赴任状態の生活をしていたので、今朝ほど、今日が”桃の節句”である事に気づいたくらいだ。


コブラ・クーペは、我々の世代には特にファンの多い魅力的な車である。
10年ほど前に、グンゼからデイトナ・クーペのキットが発売されるまでは、我々にとってコブラ・クーペのモデルはリンドバーグか、このK&Bのスロットのボディー・キットぐらいしか無かった・・・。
また、リンドバーグもK&Bも初期型のクーペをモデルにしているので、その後のグンゼやミニッツのボディーとはライト周りに違いがある。
(良く私達は、デイトナ・コブラとかデイトナ・クーペなどと呼ぶ事が多いが、デイトナを走る前の初期型は、やはりコブラGTとかコブラ・クーペと呼ぶべきなのであろうか・・・???)
実車の詳細な説明は割愛するが、Michael Shoneの “The Cobra-Ferrari Wars”や、 Dave Friedman他の “Daytona Cobra Coupes” がお勧めだ。
K&BのコブラGTの初期キットは1964年の発売なのだが、このシリーズⅡの発売が64年後半なのか、それとも65年の初期なのかは良く判らない。
多分、スーパー・チャレンジャー・モーターを載せた白箱のキットの発売が64年の後半であったので、その頃かもしれない。
スーパー・チャレンジャー・モーターに変わってから、車種もP2,ローラT70、シャパラルなどが追加され、スケールも1/25から1/24に変更されている。
初期に発売されたコブラGT,フォードGT、ポルシェ906(904)等もシリーズⅡに変更されるが、ボディーの外観が変更されたのはこのコブラGTだけである。
また、ごく初期のキットはスクリュー・タイプのホイルで有ったが、その後はコレット・タイプのホイルにすべて変えられた。
それにしてもこのコブラGTは非常に数が少ないのだが、ただ単に、初期型のクーペを小手先の追加パーツでごまかしたから人気が無かったのか? それとも他に何か理由が有ったのか・・?、
・・・・実は、その辺の事情も良く判らないのだ。