③ Carrera 124


さてさて、松飾もそろそろ取れる頃なのだが・・・、前回、”大きな理由がある” などとちょっと大げさなことを書いてしまったのはモーターの事だったのだが、書くに当たって、説明がしどけなくなってしまって困っている・・・・。
元来、カレラのスロット・カーはホーム・サーキットを前提に作られたものである。
実のところ・・・、私はカレラの24の車を営業用サーキットで走らせた事が無いので、机上の空論的なところもあるので、以下の文章も話半分で読んでいただきたい・・・。 (笑)
             
        
当時、私達が使っていたマブチの FT シリーズは、定格が12V 前後であったが、カレラの初期のビューラー社製モーターは15V 以上のキャパシティーがある様だ・・・。
それは最近のカレラ社の24の車にも云える事なのだが、中には18V 以上の電圧を要求する物もある。
ドイツのサイトを見てみると、この初期のビューラー社製モーターの許容電圧を18V~20Vと書いてある所もある。
ちなみに、手持ちの12Vのパックで回した所、そこそこの回転を得られたので、FT シリーズ程ではないが、日本のサーキットでも走らせる事だけは可能の様だ・・・。
(多分、F200より遅いだろうが・・・。)
最近のデジタル物はダメな様だ・・・。
(今、クラブのメンバーにもいろいろ聞いている最中である。 笑)
写真の上段は、当時のRTR等に良く付いていたビューラー社製のモーターで、O氏にうかがった所、缶のマークは ”モミの木” であるそうだ。
当時カレラに使用されたモーターは以下の物だった。
1 ビューラー社(2種)
2 HB モーター
3 Renn モーター
4 マブチ 16D 36D 26D 等
下はマウントにモーターを装着した状態の中期、後期の物だが、マウントにも違いが見られる。
ちなみに、手元には無いのだが・・・、26D 用のマウントは又別に存在する。
これは後にオプション・パーツとして発売された物の様だ・・・。
参考: Carrera 124 Motoren  (web)

② Carrera 124

 謹賀新年
正月も2日目になると、TVばっかりで時間を持て余し、時間のある内にと、ごそごそ動き始めた・・・。(笑)
今年も宜しくお願い致します。

カレラ社は1920年に先々代のヨーゼフ・ノイヒェルが、ニュールンベルクに程近いフェルトにブリキのおもちゃの会社を興したことに始まる。
1957年には既にイギリスでスケーレクストリックが発売されていたが、カレラ社は1963年に 1/32 のサーキット・セットを発売し、1967年に 1/24 のサーキット・セットの発売を開始する。
カレラ社は、1965~1967年の世界的なスロット・カー・ブームの中にあって、自社開発のサーキット・セットを販売、・・・つまり、ホーム・サーキットに主眼を置いた会社であった。
カレラ社は、その後何回かの財政危機(悲劇)を迎えるが、現在まで、当時と同じようにサーキット・セットの販売を継続している。
メルクリンをはじめとする幾つかのメーカーと同じで、ヨーロッパのスロット・カーは、小さいスケールの車のサーキット・セットが多かった。
(参考: Carrera124 web)
        
Carrera 124の最初の車は、番号から推測してもポルシェ・カレラ6とディーノ206SPと云う事になるのだが、RTRの箱絵から、当時発売されていた車達がうかがえる。
これらの車が60年代のカレラ124の初期の車達であろう・・・。
今では32のカレラのスロット・カーなど、さして珍しい物ではないし、また、マニアの間でも速くないのか?、人気もいまいちの様だ。
24の車に関しても代理店が無いせいか?、あまり見かけることもない・・・。
実は、これには大きな理由があるのだ・・・。

  大晦日


天気予報では、大晦日、元旦と天気が崩れるとの事だったが、東京は綺麗な夕空であった・・・。
例年我が家は、大晦日の午後に、私が我が家と実家の正月の食材を買出しに出かけるのが恒例となっている。 今年は2軒のデパ地下を回る事となってしまったのだが・・・、これが私自身、唯一年の瀬を体感する事が出来る行事なのかもしれない。
(残念だが、今年の忘年会はすべてキャンセルしてしまった。)
TVの前は、久しぶりに来ている娘と家内と愛猫に占領され、私は仕方なく自室でPCに向かう事となった。
例年の事だが・・・、私自身の今年を振り返ってみると、可も無く不可も無く過ごせた様な気はするのだが、父の入院には大分疲れた・・・。
(逆に、こちらの方がやばかった!!)
そのせいではないが、最近歳とともに ”だらしなく” なったのか・・・、大掃除も仕事場と玄関先のみで、今年は洗車もしていない。(苦笑)
ブログも脱線して、おもちゃ以外の ”八っつぁん、熊さんの時事放談” が多すぎた・・・。 未完成車を増やしただけで、肝心の完成車も殆んど無かったような気がする。 来年は・・・と、思うのだが・・・、今のペースを維持するのが精一杯かもしれない。(涙)
(観るTVもなさそうだし・・・、これから、少しモーガンでもいじってみるかな~?!)
今年もつたない私のブログを覗いてくださった方々に感謝申し上げます。
来るべき年が、皆様にとって良い年であります様、お祈り申し上げます。
・・・・・ありがとう御座いました。

TOK 258


23日の休日の午後、少しは片づけを始めなければと思い、自室のブラインドを1枚洗ってみた・・・。
そしたら・・・、1枚で腰痛になりギブアップ!!
運動不足と云うよりも、老化が進んでいる事を痛感した。
おかげでか・・・、掃除どころではなくなり、おもちゃ作りは多少進んだのだが・・・・。(笑)
        
        
TOK258 は、モーガン・フリークならずとも車好きの方ならご存知の方は多いと思う。
1962年のルマンで1601~2000ccクラスで勝利しているのだから、さもありなんである。
数あるモーガンの中でも、ずば抜けたヒストリーを持つ車なのだ・・・。
手持ちの本によると、1956年型のプラス4が母体になっているようだが、モーガンのHPなどを覗くと、現在のこの車のボディー、フレーム等には大分補強が入っている様だ。
この車は1959年頃からレースに参戦し始めた様だが、関連のHPを見る限り、ルマン以外にもリンク、シルバーストーン、スパ、グッドウッド、モンザ等、名だたるサーキットを走っていることが判る。
写真は1960年の初期の頃の物から、ルマンでの練習走行時(?)の物、ルマンの本戦仕様と並んでいる。
62年のルマンでは、練習走行時と本戦ではファイバーのトップが異なっている所が興味深いが・・、ゼッケン・サークルの位置も異なり、何か本のミスプリント(?)の様な気がしないでもない・・・。
今回は、タミヤのモーガンをいじりはじめたのだが、24のモーガンと云うのも、タミヤ以外では見当たらない様な気がする。
改造箇所のメインは、やはりファイバーのトップだろうか・・・。
後はボンネット上のルーバーの足し算、引き算なのだが、これが中々上手く行かないのだ・・・。(涙)

① Carrera 124

Source: SLOTCARS MADE IN EUROPE 1930-1980

今年のクラブ・レースも11月末に無事終了し、ひとまずはホッとしているが、相変わらず私自身はバタバタしている。
来年の第1戦はニュルブルクリンクなので、時間が有れば車探しのネット検索で、夜のささやかな自由時間を過ごしている。
ブログ・タイトルにヴィンテージなどと付けてしまったが、実際の所、ここの所書いてる内容は手前味噌な無手勝流の車の記事ばかりだ。
実車の世界では、60年代中期頃までの車のことを、ヒストリックとかヴィンテージなどと一般的に呼んではいるが、実際にはもう少し細分化されたいる様だ・・・。
スロット・カーの世界でも実際の所、どの年代までをヴィンテージ・スロットと呼んだら良いのだろうか・・・?
来年は既に2011年になるし、21世紀も混迷は極めているが・・・、早や10年が経過したことになる。
最近、私自身は1970年(以前)までのスロット・カーをヴィンテージと呼べるのではないか・・? と、勝手に思っている。(苦笑)
当時の日本では、スロット・カーは国産物意外はアメリカ製が多かった様な気がするが・・・、ヨーロッパ物の当時のスロット・カーの事を、24中心に知っている範囲でのんびり書いてみようかと思う・・・。
        
        
(ホイルが黄色いのは私が塗装したもので、オリジナルではない。)
今回は60年代当時の24のカレラのシャーシーだけをUPしてみた・・・。
左側から初期の物、中期(後期)の物、フォーミュラ用と並んでいる。
カレラ社は、この後基本的にはこのプラスティック製のシャーシーを使い、現代まで多くのスロット・カーを作ってきたドイツの老舗だ。

二兎を追うものは一兎をも得ず・・・。

3~4日前の事であろうか・・・?、ポータルのトピックス欄に 「未知の領域に踏み込む日本」 と云うタイトルのエコノミスト紙の論説の邦訳が出ていた。
面白いタイトルだったので覗いてみたのだが、今の日本人なら誰しもが判りきった内容ばかりで、さして面白みは無かった。
私自身、毎日が未知の領域なのだが、しかし外国映画の邦題同様、この目を引くタイトルには脱帽した。
(ちなみにエコノミスト紙のタイトルは”日本の未来”で本題はジャパン・シンドロームである。)
23日の、北による韓国延坪島(ヨンピョンド)への砲撃にもビックリした!!
今年ももうじき終わろうとしているのに、年末年始はちょっとやばそうだ・・・。
言論の自由を盾にとって云わせてもらえば、9の2には抵触しそうだが、日本も国防徴兵と国産戦闘機開発、出来れば、中型空母の2隻ぐらいは欲しいな~などと思ってしまう。
(こらこら、馬鹿もいい加減にしなさいよ~・・・。)
こんなご時世(不景気)とは云っても、のんびりプラモをいじっていられるのは、私自身、幸せな事だとは思っているのだが・・・。
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今回は先日古いスケレを引っ張り出した時に出てきた、やはり作りかけのBRMでお茶を濁そう・・・。
(こんな古い作りかけの物ばかりで、ここの所、何にも作っていないのだ・・・。  涙)
ボディーはメリットのジャンクのP25で、裏のパネルも切り取り、シャーシーもパイプで概略だけは出来ているのだが・・・、やはり、モーターで悩み、お蔵入りになっていた代物だ。
やはり、シャフト・ドライブにしなければ車が生きてこない。
メリットは1956年当時のGPカーを幾つも発売しているが、どれも秀作ばかりである。
半世紀も前にこれだけ優れた原型と金型を作れたと云う事は、まさに驚きと云う他は無い・・・。
写真のBRMは、1956年当時の新生O.R.Oのプロトタイプとも云える車で、当時のGPカーの中で、私的には、スタイリングでは白眉だと思っている・・・。
(メリットのP25は、56年のシルバーストーンを走った車がモデルになっている様だ・・・。)
ホーソンとブルックスがこの車をドライブしたが、レース結果は散々で、車的には失敗作であったかもしれない。
57年以降のBRMはコクピット付近のハイトが増え、リア・サスも変更され、美しい低いボディー・ラインは失われてしまう・・・。

MK1はいまだにこんな所をうろうろしている・・・。

一兎を追うものは二兎をも得ず・・・?


今週も一週間、ご苦労様でした・・・・。
(まぁ、 熱いお番茶でもどうぞ・・・。)
いゃ~・・・、それにしても自他共に八方ふさがりですな~。
たまにはおいしい鰻重でも食べたいな~?!
(・・・と云っても、私の行き付けは天賞堂裏の登亭なのだが。うな丼1000円、鰻重1600円!!)
最近では食のトレサビリティーだの、老化によるリテラシーの欠如だのが著しい。
・・・卑しく、何でも食っちまう。  本を読んでても瞬時に理解できない・・・。
(ダーウィンじゃないが、状況に適応しないと生き残れない時代なのか・・・?!)
時間にゆとりが無いせいか、夕食後にソファーで爆睡してしまい、肌寒さで目が覚めると深夜の3時過ぎ。 ついつい風呂にも入らず朝を迎えることも週に数度ある。(苦笑)
老老介護の端くれを体験している日々だ・・・。
それにしても、尖閣のビデオ流出で、連日、TVもネットもにぎやかだね~。
流出犯も捕まっちゃったね~・・。
私の様な熊さん、八つぁんには、今回の流出犯には大岡裁きをお願いしたい気持ちが強いんだよな~・・・。
保守中道。 今までの自民党もダメだったが、今回の民主党はもっとひでえや~・・・。
事業仕分けドラマも裏じゃ玉虫色の決着付けてるんだから、ビデオ流出犯も極秘捜査でマスコミになんて出さないで、裏で玉虫色の決着付ければ良かったのにね~・・・。 (・・・こらこら。)
これじゃ庶民に近い海保の職員もやってられないやね~。
国家の情報漏えいの盲点だけを、静かに解決すればよい事だし。
今回の対応は、”やぶ蛇” どころか、”一兎を追う者、二兎をも得ず” だよね~・・。
・・・でも、考えようによっては日本には最良の解決だったかも知れないね。
だめだ~・・・、プレミアのプラモの事でも書こうと思ってたのに、調子に乗ってまったく関係ないこと書いちまったよ~。

アルファのミニカー


20日に、急に父が肺炎に腎不全を併発し入院してしまったので、ここの所おもちゃ作りどころか、私の仕事にも支障が出ている・・・・。
自分の事だけでも手一杯なのだが・・・、やはり、時間は家族みんなに平等に流れている事を痛感する。 
・・・・後は自分の立ち位置だけだ。
         
      
イタリアの自動車雑誌 ”クアトロルォーテ(?)” と ”アシェット”(付録が主体の分冊百科を出版している)が組んで、アルファロメオの ”世紀のコレクション” と銘打って発売されたミニカーが1週間ほど前に手元に届いた。
しかし、父の入院等でバタバタしており、ダンボールから引っ張り出したのは昨日だし、UP用に写真を撮ったのは今日の0時をまわってからである。
多分、ミニカーの製作等はアシェット社が担当し、付属する解説書をクアトロルォーテ社が書いたのかも知れない・・・。    これから、20数種以上のアルファのミニカーが順次発売される様だ。
(出版社も、あの手この手で読者獲得に大変なのだろう・・・。)
ミニカー・コレクターでも無い私がこのミニカーに手を出してしまった最大の理由は、車種の魅力もさることながら、1/24と云うスケールに負う所が大きいと思う。
(スロット・カーの素材にもなるし(笑)、何より昔から一番好きな、なれたスケールなのである。)
だめだ~・・・、 こんな事ばっかりしてたら・・・。
(♪ いい加減に、白~い、ボス!!)

 Serendipity   (・・・偶然の出会い!!)

歳を取ると、頭の中では色々と行動予定を立ててはいるのだが、いろいろの諸事情(?)で実行出来ないでいる事が多くなる・・・。
今週もだらだらとJAGのドライバー・フィギュアだの内装だのをちょこちょこ進めていたのだが、ちょっと食傷気味だ・・・。
(やはり、TVでのんびり日本オープンなどを見てしまう。  苦笑)
そんな折・・・、縁あってか?、古いスケーレクストリックの車達が私の所に何台かやって来たので、丁度書くことに窮していたので、今回UPしてみようかと思う。
(UPに当たっては、又ダンボール箱をひっくり返す事にはなったのだけれど・・・。  笑)


昔(と云っても15~6年前だが・・)、一時イギリスのスケーレクストリックのコレクターズ・クラブに入会していた事があるが・・・、最近は1/32のスケレに対する興味は大分失われかけて来ている。
時々、ヤフオクで破格値で現代のスロット・カーを購入することは有るのだが、それも稀である。
我が家に今週やって来た車達の中で、一番うれしかったのがFIATのTC600とトライアンフのTR4である。
(TC600は、最近再販されたと聞くが、結構良いお値段の様だ・・。)
昔、随分探していたのだが・・・、有っても高くて中々手が出なかった2台である。
期せずして、今回は向こうからやって来てくれたので、なんと ”幸福な偶然の出会い” であろうか・・・。
上段の右の写真はレストア途中のジャンク車で、10年以上、ダンボール箱の中で惰眠をむさぼっていた物。
いつもの事だが・・・、私の持っている車の殆んどはジャンクで、この車達もボディーがゆがんだり、熔けたり、タイヤが何個か無かったりのGOOD~POORなコンディションの代物達ばかりである。(爆)
取り合えず ”一度は手にとって見てみたい” との思いから入手したものなのだ!!
Dタイプは初期物で、ガイドのホールがラウンドではなくスクエアな物なのだが、久しぶりに箱から出したら、ミルクが腐った様な匂いがして、・・・これには閉口した!!
初期のスケレは、フロントがフローティング・シャフトになっているものが多く、・・・云ってみればガイドとリア・タイアとの3点支持で走っている車が多い。
DB4の一つのレンズは透明レジンであるし、1台のDは穴にパテ盛りを付している。
タイフーンはベルト・ドライブのサイド・カーで、ベルトは伸びてしまっているが、制作上のアイディアを提供してくれそうな面白いアイテムだ・・・。

② MkⅠのその後・・・。

秋の連休がスタートしたと云うのに、今日は無情の雨である・・・。
ここの所少し風邪気味なので、今日の午後は自宅で鈴鹿のF1予選でも観戦しようと思っていたのだが・・・、こちらも雨で中止!!
仕方がないので、のんびり横になり、”日本の里山” 特集などを観ていた。
(紀行物や対談物など、歳とともに最近はこういう ”ストレス” の掛からない番組を観る事が多くなってきた・・・。 苦笑)
今年も日本人2名がノーベル化学賞を受賞し、誠におめでたい事では有るが・・・、中国人の「民主活動家」にもノーベル平和賞が贈られる事となり、・・・こちらは中々面白い展開になってきたと、心の中では ”ほくそ笑み” ながら展開を注視している。
中島誠之助流に云わせてもらえば・・・、ノルウェーのノーベル賞委員会は 「いゃ~・・・、実に良い仕事をしましたね~!!」 と云えると思う。 (笑)
いくら近代化が進んでも、文化の継承と人権の無い国は先進国とは云えない!!
        
        
今週は、古いドライビング・ヘルメットの製作に苦慮していた。
単純なお碗型のヘルメットならまだしも、後付け?の麦わら帽子の様なバイザーの製作が上手くいかない・・・。
結局、バラバラで製作してみたのだが、いまいちだ・・・。
ホイルは長谷川のテスタロッサの物に色を塗り、仮組みしてみたが・・・、パターンは違うが、タイヤの大きさも丁度良いようだし、後は上手くインナー・ホイルを接着し、芯を出したいと思う。
色がモスグリーンと云う収縮色なので、5枚のエッチングの内、一番裏側に来る1枚を抜いて組んでみた。
本来は、ホイルの内側のドラムは黒系統の色なのだろうが、ホイルのパターンが消えてしまうので、あえて、ドラム(ディスク)の部分は下地のアルミを出してみた・・・。