③ 1/25~1/24 Cobra Coupe (Lindberg,etc)

東京での緊急事態宣言は6月20日まで再延長になってしまった・・・。 梅雨に入るので外出の機会は減るだろうが、本当にいつ終息してくれるのだろうか・・・?!  

ささやかな楽しみであったラグビーの日本選手権(トップリーグ2021)もパナソニックの優勝で幕を閉じた。 WTB福岡の俊足もこれで見納めか~・・・。 

また、全米プロゴルフのフィル・ミケルソンの優勝も見事であった。 既にシニアの年齢に達するので最終日はどうなる事かとTVの収録を注視していたのだが・・・、体力もさることながら、さすがに経験値がものをいった見事な優勝であった。 ・・・それにしても、未だにドライバーが若い選手に引けを取らないだけ飛ぶのには驚いた!

リンドバーグのコブラ・クーペのスタティック・キットを買ったのは30年以上前の事なのだが、当時はホイルハウスも大きいし、パーツの作りも至って適当で、とても作る気にはならなかった。 しかし当時はコブラ・クーペのボディーはこのリンドバーグか1/25のK&Bの物しかなかったので、リアのホイルハウスをプラ板で少し小さくしたり、ライトを片目だけシリーズⅡの様に大きめにいじったりしただけで、長い事放置していた。

前回のK&BのシリーズⅡの修復をする時に久しぶりに引っ張り出してみたのだが、改めて見てみるとリアのホイルアーチ後部のオーバーフェンダーなども再現されていて、初期のピート・ブロックが製作したプロトタイプのレーシングシーンの雰囲気を結構表現していることに気づかされる。(K&Bの初期型のボディーにはこのリアフェンダーの修正跡は見られないし、シリーズⅡはなぜライトハウジングも大きく直さなかったのだろうか・・・?)

ジャンクのコブラ・クーペを3台まとめての修復なので、時間を合理的に使いたいので、パテが乾く間に内装や他の車の塗装を済ませたりと深夜バタバタやっていたのだが、ここで大きなミスを犯してしまった・・・!!(愕然)

リンドバークのコブラ・クーペは60年代の赤いスタティックキットのボディーを使っているのだが、ライトハウジングを大きくしたり、フロントカウル上のダクトなどを製作したりしていて、左右のドアにRを付けるのを忘れてしまったのだ・・・。 おまけにシャーシーもどうしたものか?と色々やっている最中であった。

既に塗装、デカル、クリアーも終わっていたので、数日間どうしたものかと考えていたのだが、貼ったデカルの問題も有るし、これから部分的に修正するとなるとボディーが汚くなってしまう可能性が大きいので、残念だがここは目をつむってこのまま作る事に決めた。(VRMのデカルの左側のゼッケン#187の左隅が欠けているのはドアのRのせいだったんだ~・・・。 涙)

上の4枚目の写真を見て頂ければ判ると思うが、ツールド・フランスでボブ・ボンデュラントが乗った#187の車はシリーズ2のボディーで、イタリアの Carrozzeria ”Gransport” の製作したものである。 おまけに3台目のCSX2300にあたる車だ。(以前、クラブレース用に作ったフォード・フランスの#56の白いクーペと日本GPの酒井正の車もこのCSX2300である。) ・・・したがって左右のドア前部にはRが付いていなければならない。 #186の車であれば、純アメリカ製の一号車のCSX2287だったので、ドアの形は直角であったのにな~・・・。          参ったよな~!!

64年から65年にかけてコブラ・クーペは基本的に6台作られている。 最初の1台はピート・ブロックがアメリカで製作した通称プロトタイプと云われるシェルビー製のCSX2287だ。 その後の5台のボディーはイタリアのコーチビルダー(カロッツェリア)のグランスポルトにより製作されている。

上の資料と写真は「DAYTONA COBRA COUPES」(Peter Brock・ Dave Friedman・ George Stauffer 著)の中から興味深い物を選んでみたのだが、最初のプロトタイプであるCSX2287のオーナーにはスロットカー・メーカーの Rasskit のオーナーであるジム・ラッセルやAutoWorld のオスカー・コバルスキーの名前が見られる。 

このプロトタイプのコブラ・クーペをジム・ラッセルが購入した時にはボンネビルのスピード記録に挑戦した直後の事だったらしいのだが、下まわりが塩だらけで酷い状態であった様だ。 その時の価格が$4500程であったらしいのだが、最終的には$4500000以上にまで値上がりし、今では値段が付けられないほどの価値になっていると思う・・・。

丁度失敗してしまったドアのR部分の写真を選んだのだが、ルーフの強度の問題を解決する手段にもなっているAピラーの補強は写真を見ただけでも歴然としている。  それにしても、ビッザリーニにしてもそうだが・・・、イタリアのカロッツェリアの手にかかると、こんなにもボディーが洗練されてしまう事には、ただただ驚かされるばかりだ!!

② 1/25~1/24 Cobra Coupe (K&B S2)

COVID-19のパンデミックによる3度目の緊急事態宣言で、GWも何処にも行かずの”籠の鳥”で、今度は今月一杯迄の緊急事態宣言の延長で、プリズン・ライフを強いられることとなってしまった。  おまけにそろそろ梅雨入りだと・・・、本当に参ったよな~!  「この歳になると、生きてるだけでもストレスだ~・・・」などと云う話を先日小耳にはさみ、ジョークなのかアイロニーなのか・・・?、思わず”どちら様も大分来ているな~”と苦笑いをさせられた。

1/25のK&Bのシリーズ2のジャンカーも出来るだけオリジナルの雰囲気を残して簡単に修復してみた。 変更点は大きなクラックどころか割れて欠損していたウインドウ関係のクリアパーツをすべてバキューム物に取り替えた事と、S1もS2も代わり映えしない5スポークのアメリカン・マグのホイルパターンをコブラのフリップ・トップを作った時の残り物だが、本来のハリーブランドパターンのホイルインナーに変えてみた事ぐらいか・・・? そうそう、ライトも手持ちのレジンパーツのハウジングを利用して変えてある。 タイヤはリアだけウレタンのK&Bパターンの物を履かせているが、接着や芯出しはしていない。

以前にもこのS2の事は書いた事があるのだが・・・、テールパネルの形状がS1の物とは大分違い、リアのホイルアーチ内の空気を逃がす三日月形の両サイドの排気ダクトと右側の長方形の排気ダクトも消されていることだ。 キットに付属するデカルは#5なのでルマン出場車をイメージしているとは思うのだが?、ライトカバーは初期のハーフ状の小さい物だし、フロントのリベット跡もこれほどけばけばしい車は実車の中でも中々見たことが無い。 ・・・実際に自分で作ってみると、デカルも24の物なので数字も大きく、なんだか”しっちゃかめっちゃか”のボディーになってしまった様に思う。  また、ヴァイキング・ブルーなる色もなかなかうまく調合できていないまま噴いてしまった・・・。

リアパネルの両サイドの三日月形の排気口も付けなきゃルマン・バージョンにならないと思い、プラ板で型紙迄起こしたのだが・・・、結局このボディーに敬意を表してそのままにする事にした。(下の4枚目のフロントの2台の写真の下に、型紙としてプラバンから切り出した三日月のプレートがわずかに見られる。)  

それにしても裏側からただのバキュームのクリアパーツを貼るだけでは、やはり前後のスクリーンが本来の位置から落ち込んでしまい、オリジナルのボディーと見比べると大分見劣りするが、これはこれで仕方がない事だと目をつむる事とした・・・。

① 1/25~1/24 Cobra Coupe (K&B S2)

つい先日、6ネーションズ・ラグビーが終わったかと思ったら、楽しみにしていたマスターズのTV観戦も既に1週間以上も前の出来事になってしまった・・・。  マスターズの最終日は、以前ゴルフをやっていた時の様に早寝して3時半に起床(実際には起きられなくて4時だったが・・)、急いでコーヒーを入れて寝ぼけ眼で観戦が始まった。  

・・・実の所、松山英樹の3日目のゴルフがあまりにも素晴らしかったので、最終日はプレッシャーも有るので74~5は打っちゃうんじゃないかな~?と心配していたのだ。(・・・なんでもそうだが、子供の運動会の徒競走でも1等賞を取るのは結構大変だ~。) ましてや4大メジャーのなかでも1~2位クラスのマスターズだ!  プロゴルファーだったら、一番勝ちたい大会かも知れない!!

インのアーメンコーナー辺りからちょっと冷や冷やさせられたが、18番の第2打のピッチングをバンカーに入れた時には「あれ~?」と思ってしまったが、2ストロークのリードが功を奏して、1打差で上手く勝つことが出来た! ・・・やはり寄せがうまいよね~!!

・・・優勝、おめでとう!! (4日間のTV観戦で生活のリズムが狂い、大会終了後の3~4日はこちらが体調を崩してしまった。)

さてと・・・、何年かぶりで工作机脇の車を1台片づける事が出来たのだが、ロータス11を初めとして、新しく手を付けてしまった車も何台かある。  既に何台か作った経験があるコブラ・クーペなのだが、傍にはK&Bのコブラ・クーペのシリーズⅡのジャンクもこちらを寂しそうに見つめている・・・。(笑) 

今まで、通常のK&Bのコブラ・クーペやクラブレース用のミニッツ・ボディーの車は何台か製作したことはあるのだが、このシリーズⅡやリンドバーグ(既にお手付きのボディー)やオオタキのコブラ・クーペをまともに作った事は無かった。  ・・・またまた脱線になるのだが、使いかけのVRM(Vintage Racing Miniatures)のデカルも残っているので、その残りもののデカルを使って3台程まとめて作ってしまおうかと思っている・・・。  

・・・ただこのVRMのデカルは1/24用で1/25のK&Bやオオタキのボディーにはちょっと大きいんだよな~・・・?!

⑧ 1/24 Ferrari 2735GT Drogo

このRevellのボディーを改造したスロットカーをeBayから購入したのは10年程前の事になろうか・・・?!  購入したきっかけはRusskitのワイアーホイルが付いている事も魅力の一つではあるが、やはり前オーナーがDrogoのフェラーリに改造しようとした?ボディーの方に強く惹かれたからであった。  車自体は製作途中のものであったが、当時どんな工作がなされているのか?、到着が待ち遠しかった車だ。(笑)  この車のその後の修復過程は既にこのブログで数回にわたり書いているのだが、最後に書いたのは2016年の2月23日になっている。

この車のボディーやシャーシー一式は、常に工作机の傍のクリアケースの中に入れて目に見える所に置いておいた。  「・・・どうしたものかな~?」と、長年資料を探して悩んでいたのだが(こちらにも長い時間が有るわけではないし)、1枚の写真を頼りに、めくら製作で完成させてしまった・・・。(苦笑)

・・・それにしても、当時切ったり貼ったりパテを盛ったりした箇所も多かったので、僅か4~5年の間に随分引けやクラックがボディーに入ってしまったのには(保存状態の悪さにもよるのだろうが)、やはり改造プラスティックモデルの性を感じてしまう。

この車自体は何回かボディーカラーの変更や仕様変更を経たのち、80年代に改造前のフェラーリSWBに戻され、残されたこのDrogoボディーは250GTEに架装されて、アメリカのヒストリックカー・イベントに時折参加している。  私が作った車はGOODWOODのレース中のものなのだが、シートの色はSWB当時の薄いブルーとグレー(赤茶のシートとの一説もある)のものになっているが、これは正確ではない!

④ 1/24 Kogure ’64 Ferrari 250 GTO

桜の季節が再びやって来た。 日に日に暖かくなるのを体感できる季節にもなってきた。 そして、春分の日を含む2連休もお墓参りなどで瞬く間に過ぎてしまった・・・。 ・・・時の流れを本当に速く感じる!

コグレのジャンカーであったGTOも昨晩遅くどうにか2台とも形になり、先ほどまでいろいろなアングルで写真を撮っていたのだが、年々製作が下手になるのを実感させられる・・・。   やはりジャンクの修復には欠品パーツの製作や代替えが効きそうなパーツを探し出したりしなければならないので、どうしても手間が掛かってしまう。 ・・・そうこうしているうちに再びクラックを入れてしまったり傷を付けてしまうことも多い。 

25番のルマンカーはボディーサイドが半分ほど欠損していたボディーだが、とりあえず手持ちのジャンクパーツなどを利用しながらシリーズⅡのGTOの形にどうにかなってくれた。 フロントスクリーンのサッシからはみ出した圧着時のボディーのバリは仕方なく黒の塗装を塗ってごまかしてある。  ただ、手持ちのデカルでは出来なかったイネス・アイルランドのヘルメットのチェッカー模様のデカルは、友人にお願いして作って頂いた物である。  

現状ではタイヤは古いコグレのF1用の物が前後に付けてあるだけで、走行時には合いそうなウレタンタイヤに変えなければならない。  シャーシーもモーターマウントを自製しているしポストも無かったので、RMクラフトのポストに変え普通の古いマイナス・ビスで留めている。

下のGTOはフロントスクリーンが割れて無くなっていた車で、サッシも欠けていたので新たにプラ板(棒)で製作し直している。 スクリーンはバキューム物なのだが、製作したサッシの下部に隙間が少し出来てしまっている。 また2台ともライトカバーを透明レジンでの製作を試みたのだが、レジンに気泡が残ってしまい、あえなく失敗に終わったので急遽バキュームに切り替えたものを付けている。 

・・・こちらの車は出来るだけコグレのパーツ(レジンを含む)を使い改造は欠品の代替品以外は使用していないので、コグレのGTOの元々のボディー形状が良く判ると思う。 (本来であればライトには麦球が入るのだが、これも手持ちの通常のライトパーツに変えてある。) 

シャーシーのフロント部分の軸受けのガタは隙間にプラバンを挟み対処しているが、シャーシーすべてには手が回っていないのでモーターは私の手元に来た時のFT16のままである。 元来このキットのフロントにはGT用の細いホイルとタイヤが付いているが、リアのホイルとタイヤはコグレのF1用のリアがそのまま使われている。 コグレのキットのボディーへのマウントは、殆どのキットがタッピング・ビスである。

2台の車重が大分違うのだが・・・、殆どがモーターの違いと自作のブラスマウントによるものではないかと思っている。

③ 1/24 Kogure ’64 Ferrari 250 GTO

タイトルはコグレの’64のフェラーリGTOになってはいるのだが、作業がここの所、幾つかの失敗やラグビーのTV観戦などが災いして遅れてしまっている。  今回UPしたのは私が知っている1/24の’64GTOの3台のボディーなのだが・・・、実はこの記事は10年ほど前にブログにUPしようと思って、既に画素数が少ないデジカメで過去に何枚かの写真は残していた。 しかし流石に10年の歳月は安いデジカメの写真の画質にも表れる様で、昨晩遅くアオシマのモーターライズ・キットとK&Bのボディーキットを改めて引っ張り出して写真を撮りなおし比べてみた。

これは今回製作しているコグレのボディーが、一般的にはK&Bのボディーの”パクリ”であると云う説のささやかな反証になるのではないかと思っている・・・。 通常「パクリ」と云う言葉は、盗作や偽造品等、あまり良い意味では使われないことが多い。(終戦直後や高度成長期の日本では、既に多くの産業分野でこの「パクリ」が行われていたことも事実なのだが・・・。)

下の写真は左からK&B, コグレ、アオシマの順でボディーの裏面を撮ったものである。  発売が一番早いのがK&Bである。 流石にボディーの形状や金型の表面処理の精巧さなどでは、K&Bは他の2台と見比べるとバリも少なく、表面のプラスティックにも光沢が有り、群を抜いた良い出来である。 ・・・ただ当時としては画期的なクリアパーツ(スクリーン等)の圧着一体形成が、半世紀以上の時間の経過とともに、スクリーン上の細かなヒビの出現になっているのは、製作上で二の足を踏ませる事になっているのも事実だ。

上の小さな写真は3台のGTOを色々な角度から撮影したものなのだが、コグレのGTOは成形色が白と云う膨張色なので、幾分大きく見えるかもしれない。 K&Bのボディーについてはここでは触れないが、アオシマのボディーは金型の切り方は多少違うが、ほぼK&Bのボディーを原型としてそのままコピーした様に思える。 ただ、K&Bよりは金型の処理は荒く、またモーターライズの形で発売されてはいたのだが、ご覧の様にポストの数が多く、コグレを始めとして幾つかのスロットカーのシャーシーを取り付けられる様になっている。

そろそろコグレのGTOのボディーの幾つかの相違点について気が付いた事を書いてみようかと思うのだが・・・、まず第一の相違点はボディーのトレッドの違いである。 コグレのGTOは他の2台より4mm程トレッドが広いのだ! また先の写真でもお判り頂けたかどうかは判らないが、ボディーの厚みがK&Bから比べれば大分薄く成形されているのである。 しかし、今回は写真を掲載しなかったが、K&Bとコグレのボディーシェルのみの重さを計量してみたのだがほぼ同じであったので、トレッドを広げた分の関係か・・・?、それほど軽量化されたとは云えない状況であることも判った・・・。  フロントライトはキットでは珍しい麦球ライトの使用により、走行時にライトの点灯が可能な様になっている。

これは内装と外装の違いを示した写真なのだが、コグレの内装はK&Bの内装を真似してはいるのだが、FT36系の大きい缶モーターが搭載可能になったセカンド・バージョンのシャーシーを搭載できる様にコックピット中央部にタミヤの内装の様なバルジ(モーターの逃げ)が形成されている。 またこのバルジの為にドライバーが隅に追いやられ、ドライバーを載せた状態でボディーに指示道理にはめ込むと、ドライバーヘッドがサイドウインドウに当たり幾分首を傾げた搭乗姿勢になってしまう。 コグレの内装には別物パーツのダッシュボードとハーフのハンドルも用意されている。

ボディー表面で目を引くのは、フロントサイドの3本のエアーインテークが抜けていて見てくれは良いのだが・・・、ボディーが薄い分だけ強度的には問題を残したかもしれない。 後は前後のホイルアーチの位置と形が微妙に違い、リアのコーダトロンカのパネルも一体形成で、フロント周りも大分違う。 特にサイドのフラッシャーランプは形が小さすぎるし、フロント下部両側の小さなスコープも省略されているので、スケール感重視の方には多少の工作が必要になるかもしれない。 

これも細かい事だが、ドアハンドルもK&Bのものとは形状が異なり、ドアやウインドウ周りのサッシ類も大分太めになっていてスケール感を多少なりともスポイルしている。  ・・・以上の事から、K&Bと同じ様なスクリーンの圧着も行っているボディーでは有るが、K&Bのボディーの良さを生かしてコグレが独自に薄型ボディーの金型を起こした、アイデンティティー溢れるボディーの様に私には思えてならない!

このボディーの薄さが経年変化により、すぐにクラックを作ってしまうと云う製作上の問題にぶつかりながら、どうにか修復を進めているのが現状である・・・。(苦笑)

②1/24 Kogure ’64 Ferrari 250 GTO

私の作るスロット・カーの殆どが、誰も見向きもしない様なジャンクと云うよりは、ただのプラスティックごみの様なボディーから製作されていることが多い。 ご存じの様に今回のコグレのGTOの2台のボディーも、至る所が欠けて紛失している1台と、圧着されたスクリーンが割れて紛失している1台から作られている。 下地処理は未だに不十分なのだが・・・、そろそろ塗装でもしようか?と云う段階に入って来た。

実際にはまだまだ下地処理をしたいところも有るのだが、ある程度の所で見切りをつけないと、いいつまでたっても完成させられない車になってしまうので、多少手を抜いてでも集中力があるうちに作業を終了させたいと思っている。 また色々と当時の実車の資料も探してはいるのだが、60年代当時を走ったカラーリングや仕様と現代のGOODWOODなどを走った車(レストア済み?)の外装等が微妙に違うので、デカルもどうしたものか悩んでいる。  昔買った既製品のデカルも有るのだが、今回は殆どが残り物の手持ちのジャンク・デカルを使用するようになってしまうだろう。

今回は2台同時にボディーの修復を始めたのだが、1代目の割れの酷かったボディーはオリジナルのコグレのボディのボンネットバルジを削って、64年のルマンを走った英国のイネス・アイルランドとトニー・マグスの#4399GTにしてみようかと思っている。

もう1台のボディーはフロントスクリーンが無く、フロントのサッシがガタガタだったものだが、サッシをプラ棒で修正し、割れてしまったスクリーンはバキュームで起こして、出来るだけコグレのオリジナルに近い状態のただの’64GTOにしておこうかと思っている。  いじり始めると本当にきりが無くなり、出来ればホイルも新しいワイヤーホイルに変えてみたいなどと云う欲も出てくる。(苦笑)

一番下の写真は当時のルマンを走った時の実車の写真なのだが、フロントに大きな英国旗のステッカーは見られない様だ・・・。(写真の関係なのかな~?) ・・・とりあえずそれらしく塗装はしてみたのだが、幾分ゼッケンサークルが大きかった様だ!(涙)

①1/24 Kogure ’64 Ferrari 250 GTO

1月も早や終わろうとしている・・・。 COVID-19の第3波が依然として収束の兆しを見せない中、不要不急の外出等は極力控えているので、さぞやおもちゃの製作も進んだであろうと思われるかもしれないが・・・、それが問題だらけで全然進んでいないのである。(涙)

昨年の中頃から整理も兼ねて、手持ちの長期所在不明車や放置車両を出来るだけお金をかけないで再工作を始めているのだが、歳のせいだろうか?ミスが多くていけない! ・・・昔、こんな車にしてみようと思い手を付けた車の当時の構想を忘れてしまい、とりあえず今の気持ちの流れで製作してしまい、結局完成も危ぶまれる状態に追い込まれている・・・。 

・・・当時はSCCA風のオープンのフェアレディーでも作ろうと思ってウインドウのサッシを切り取ってしまったボディーで、ハードトップが付いたフェアレディーSを作るなどという事は大仕事だ。 既に切り取って捨ててしまったサッシを自作しなければならない・・・。  あちらこちらと手を付けているから仕方ないと自分を慰めてはいるのだが、腹の奥底では「やはり認知症が来てるのかな~?!」などと心配になってくる。(苦笑) ・・・やはり手を付ける前にはもう一度再考してみるべきだ!

長い事放置車両になっていたコグレの’64のフェラーリ250GTOのバラバラのボディーも、やっと形になって来て、先週末にシャーシーをマウントしてみた・・・。 この車のシャーシーも前後のモーターマウントが欠品していて、仕方なくブラスで自作しなければならなかった。 ユーズドのFT36Dを載せては有るのだがモーターマウントの位置はオリジナルとは多少異なってしまった。 また、ボディーのオリジナルのマウント・ポストは欠損していたので、新しくRMクラフトのポストを取り付けた。 

もう1台のGTO(白)もこの際一緒に修復してしまおうと思っている。  コグレのオリジナルはボディーへのマウントはタッピングビスである。 このボディーはポストが綺麗に残っていたので、それを利用している。  ・・・それにしても後期型のシャーシーのフロントの軸受けのガタ(前後左右に動く)だが、当時は何かのメリットを狙ってこんな取り付け方法を取ったのか? 今の目で見るとどうしても固定したくなってしまう。(ホイルベースやクリアランスが決まらないので、多分、固定するだろうが・・・)

コグレが最後に出したこのGTOのボディーは、それ以前のボディーより薄く作ってあるので、経年変化を考慮しても非常に割れやすく、ちょっと力を入れただけでボディーにクラックが入ってしまう! ・・・同じフェンダーを何回下打ちした事か?!  コースでクラッシュしたら多分ボディーは酷い事(バラバラ)になることは容易に想像がつく。 ・・・あとはウインドスクリーンとライトカバーのバキュームなどが残っている。

このGTOのボディーを修復している時にふと思い出したのが、数年前だったか?、GOODWOODでのこの’64フェラーリGTOシリーズⅡのクラッシュシーンだ!! 前を行くやはり64年のフェラーリLMをアウトから抜きにかかり、コースサイドのグリーンに足をすくわれてグラベル迄一直線に滑って行き、タイヤバリアにヒットした。 YouTubeで見た限りではリアから行ったのでそれほど大きなダメージは無いかな~?と思っていたのだが・・・、まるで薄いアルミボディーででもあるかのように、車のダメージは相当なものだった。 #APB1は以前から出ている常連車なので、私もこのクラッシュの映像を見た時にはビックリした。 一番下の写真がその時のものだが、無断拝借で使わせてもらっているので、この場を借りてお詫びさせていただく。

1/25 K&B Porsche 904-6

謹賀新年

我が家の正月は例年6日までで、7日からは通常の生活に戻るのが通例だ。 今年は不要不急の外出を控えたので、子供達や孫にも会わなかった。   例年とはちょっと違い寂しい正月ではあったが、正月中にも多少の仕事はしなければならなかったし、これはこれで仕方がない事だと思っている・・・。 

正月中に何とかK&Bの904-6に外装パーツを装着し、とりあえず形にはなった。 ポルシェの904は当時から国内や海外のメーカーから結構発売されていたのだが、個人的には1/25と多少小ぶりではあるがこのK&Bのボディーが私は一番好きなのである。 ただ、K&Bのボディーは当時としては画期的?な事だったのだろうが、ボディーとスクリーンが圧着されているのだ。  既に半世紀を過ぎたK&Bの他のボディーの未使用品を見てもクリア部分にクラックが入ってしまっているものが多い。 ・・・これが唯一の泣き所である!!

今回の車もやはりジャンクのボディーから製作したものなのだが、スクリーンのクラックを始めとして、他のメーカーの904と比べればサイドのスクリーン周りのサッシの造作がほとんどなく、ただのっぺりしているだけなので何とかそれらしくしなければならなかった。 ターゲットにした車は1965年のルマンを走った#35の904-6なのだが、実車は途中リタイアとなっている。 この65年のルマンには数台の904-6が出場しているのだがそのほとんどがリアカウルの形状が違うと云う面白い車達だ・・・。 

後は通常のK&Bのホイルを使わずにRMクラフトのダイキャスト・ホイルを使用した事だ。 このホイルは3mmシャフト用なのでフロントは3mmのオイルレスメタルに変え、リアは当時の3mmシャフト用のシャーシーパーツとして発売されていたブラスパイプを切り出して使用している。 ・・・シャーシーにはあまり手を加えたくなかったので、フロントのメタルの隙間は工業用の厚めのアルミテープを巻いてガタ止めし、リアはパイプを通すためにモーターのシャフト部分のプラ穴をドリルで広げてパイプを通している。 ギヤもAYKの合いそうなナイロンのスーパーに変えなければならなかった・・・。  タイヤはK&B用のウレタン・タイヤである。

やはり製作していて気になるのはフロントとサイドのスクリーンのヒビ割れだ~。 本来であれば切り取って型起こし後にバキュームでスクリーンを作るのが最良なのだが・・・、今回は目をつむり単なる簡単な塗装作業に終始したので、綺麗な車にはなっていない。(涙)

令和二年の大晦日

昨晩遅くお風呂に入っている時には、久しぶりに「風の又三郎」が吹き荒れているのを聞いたのだが、今朝起きた時にはその風も止み、抜ける様な青空であった。 今しがたベランダから夜空を見上げて見たのだが、星も綺麗に見えていたので天気の良い元旦が迎えられそうだ・・・。

夕方のニュースでは、東京都のコロナ感染者数が1300人越えとの報道であったが、私の予想より深刻で、あと2~3年はこのコロナ禍は続きそうだ・・・。  私たちは第2次大戦終了後の世代で、これまで高度経済成長やバブル崩壊等、いくつかの経済的喜怒哀楽は経験してきたが、今回の様な100年前のスペイン風邪の様な感染症のパンデミックは殆ど経験して来なかった。 

・・・今回はまさに私達の世代が体験する未知との ”生きるか死ぬか” の大きな戦争に初めて遭遇した様な気がしている。  これは過去の大戦とは違い、軍隊だけが国民を守るために戦う戦争ではなく、国民一人一人が各々戦わなければならない兵器を使わない総力戦なのである!

・・・そんな訳で、今年を振り返ればネガティブな年であったことだけは間違いない。 「門松は冥途の旅の一里塚」じゃ~ないが、歳を取るだけでも癪に障る世代になって来ているのだ。(笑)

さて、個人的な愚痴を聞いていただくのはこの位にして・・・、これからのコロナ禍をいかに生きて行くかだ?!  私には幾つかのインドアの趣味があるので、その点は自宅に隠遁していても他の方達よりはストレスは少ないかもしれない・・・。 

ここの所昔からとん挫していた古いボディーをいじっているのだが、年内の完成が叶わなかったどこにでもある普通のK&Bのポルシェ904-6の製作途中の写真でもアップして今年の総括にしたいと思う。 ・・・やはり歳とともに細かい所が上手く出来なくなってきているし、塗装も機材も含めて老朽化してきており、集中力も続かず、なかなか上手に作れなくなってきている。(涙)

・・・昨晩とは打って変わって風もなく、静かな大晦日だ。  来たるべき新年が、皆様にとって良き年であることをお祈りして、つたない今年最後のブログとしたい。 

・・・ありがとうございました。