今年のUSオープンは凄かったですね~・・。
月曜日(日本では日曜日の深夜)のプレーオフまでLIVEで見てしまい、3日ほど睡眠不足で仕事にならず、参りました。(笑)
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オート・ワールドの事を書こうと思い、1週間ほど暗中模索を続けておりましたが、内容が有り過ぎて簡単なブログには中々まとまらず、概略だけを何回かに分けて書こうと思います。
オート・ワールドの前身はオスカー・コヴェレスキー (Oscar Koveleski) 氏の父親であるトニー・コヴェレスキー(AJ,Koveleski)氏により設立された小さなおもちゃ工場に始まる。 ・・・その後、生鮮食品マーケットの一部にホビーショップを開設し、2代目のオスカーの快進撃が始まるのである。
このトニー・コヴェレスキー氏も相当な車好き、おもちゃ好きな人物であった様だ。
アメリカという国は日本と違い大きな大陸なので、カタログ販売と云う方法が普及していた。
父親の成功を引き継ぎ、オスカーは車のおもちゃのカタログ販売と云う手法で、全米だけではなくヨーロッパにまで販路を広げ大成功を収める事となる。 (相当の財を成した様だ・・・。)
オスカー自身は、車のおもちゃだけではなく、実車のレース・カーも大好きだった。 ・・・スロット・カーやラジコン・カーの腕前は相当のものであった様だ。
又、オスカーは出版関係にも進出し、オート・ワールドのカタログ以外にも「Car Model」 等のモデルマガジンや実車のレース関係のNews Letter 等も出版していた。
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上の写真はロード・アトランタのCAN-AMレース中の一コマである。
ローラのドライバーのGary Wilsonが、ラジコン・カーを調整しているオスカーを覗き込んでいる所。
右はオスカーが出版していた、”Car Model” マガジン。
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オート・ワールドの事について、もっと詳しく知りたい方は以下のURLをご覧下さい。
http://www.slotcarillustrated.com/Features/Oscar.shtm/
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カテゴリー: VSCC
1963 Ford Galaxie ②
本当に、1週間が早く過ぎてしまいます・・・。
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私達が子供の頃は、スロット・カーのシャーシーも見よう見まねの半田付けで、改造したり自作したりして楽しんでいました。
今の私も、古いスロット・カーを勝手気ままに自分なりに作り直して楽しんでおります・・。
さて、この1963年型のフォード・ギャラクシーですが、白地に3本の赤いストライプのボディー・カラーで、1963年のBSCCに J,Willment Automobiles からジャック・シアーズ選手のドライブで第5戦からエントリーしています。
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詳しくお知りになりたい方は、検索サイトで「BRSCC 1963 British Saloon Car Championship] と引いて頂ければ、直ぐに素晴らしいページが出てくると思います。
http://fp.gplegends.plus.com/BSCC/1963%20BSCC.htm
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ジャック・シアーズ選手は、このシーズン3台の車を乗り継ぎチャンピオンになっています。
最初はフォード・コルティナでスタートし、第5戦からこのモンスター・ギャラクシーで優勝を重ね、シーズン後半はロータス・コルティナに乗り換えています。
この車の登場により、ジャガーMkⅡの牙城が一気に崩壊を始めました。
(この頃のレースは各クラスのポイントが同列で加算されるシステムだった様で、どのクラスの車で走っても総得点が多いドライバーがチャンピオンになった様です。)
又このレースの後半戦では、同型のギャラクシーをダン・ガーニーやジム・クラーク、ジャック・ブラバムやグラハム・ヒル等、そうそうたるGPドライバーがドライブしています。
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(Sourse: 1992 Classic cars “Brands Hatch on June 6 1964”)
1963 Ford Galaxie ①
まぁ・・・、お茶でも、どうぞ~。
・・・済みません、 だんだん疲れて来ました~。 (笑)
本当はオート・ワールドの事を書く予定でいたのですが、資料と書く内容がいまいちまとまらず、今回はこの車で”お茶を濁す”事にしようと思います。
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この車を作ってから早や、7~8年が経つと思いますが、真の意味で云えばヴィンテージ・スロット・カーには当たらないと思います。
ボディーはAMTの63年ギャラクシーの再販物で、シャーシーは自作ですが、フロント、リアの軸受けには現行のパーツを使用しています。
さてこの車、ストック・カーなのにストライプが入り、古いナスカー・ファンにはひんしゅくを買いそうなカラーリングですが、BRSCCの1963年のチャンピオン・カーがモデルになっているのです。
又、1998年の”Classic cars”でもこの車が特集され、私の製作意欲が刺激されました。
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この車は、何回かサーキットに持って行き走らせていますが・・、シャーシーを重めに作っては有るのですが、270Sのパワーに当時のスポンジ・タイヤは負けていました。
本来はダイナミックのホイルを付けているのですが、写真を撮るためにお色直しも兼ねて、ウールリッチの”鉄ちん”ホイルに交換してみました。
ボディーが埃とタバコのヤニで随分汚れていたので、中性洗剤の薄め液で拭いていたら、赤いストライプが一部薄くなってしまいました。(笑)
そう・・・、この車はクリア・コーティングをしていないのです。
当時、この車の資料が中々見つからず、カーナンバーが判らなかったのでそのままにしておいたのです。 ・・・ある意味では、これは正解だった様です。(笑)
・・・結局、雑誌に載っていた車を作ることになりました。
レベルのBRM

(sourcs: july 1998 CLASSIC&Sports car)
ここの所、アトラスの重箱の隅を突く様な話が多かったので、箸休めに昔作ったレベルのBRMでもUPしてみようと思います。
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今でもちょっと探せばどこかから出てきそうな当時のスロット・カーの定番ですが、私はこんな素朴なスロット・カーが結構好きなのです。
昔走らせた事がある方も多いと思いますが・・・、日模のポルシェやフェラーリと同様に、当時の雰囲気を最も良く伝える、見ていて”ほっ・・”と出来る車です。(笑)
写真はやはりジャンクから製作したもので、グラハム・ヒルの1961、1962年のチャンピオン・カーをモデルにしています。
もともとレベルの製品ですので、素性は悪くないと思います。
BRM自体もイギリス・レーシング界のサラブレッドですから、奥深いものが有ります。
一番上の写真はイギリスの「クラッシック&スポーツ・カー」と言う雑誌から拝借したものですが、この本は古い車好きには最高だと思います。 私も過去に愛読していました。
中々見られない様な古いレーシング・カーの写真がちょくちょく見られますし、オークションの記事も豊富です。 レストア記事もあれば、パーツ屋さんも載ってますし、時々おもちゃやオートモビリア、アート作品も載っています。
圧巻はトレジャー・ハント的な名車発掘記事でした。
デ・レスピニィ氏所有のインディー・クーパーの記事も載っていました。
・・・何より私が一番気に入っていたのは、古い車の有り方がアメリカ的ではないことです。
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(これもジャンクから作ったBRMなので、タイヤやパーツがまちまちです。)
ATLAS ⑧
関東地方も梅雨に入ってしまったようです。
雨の日には塗装が吹けないばかりか、気分もすっきりしません。
さて・・・、マルサンの1/32のキットにはフォードGT,ポルシェ904、ルノー・カラベル、セドリック、クラウン等があった。
アトラスに渡ったのは、この内のフォードGTとポルシェ904だけだと思う。
アトラスにはブラバムBT3と158フェラーリが存在するが、私はマルサンブランドのこの2台を知らない。
このキットだけはアトラスのオリジナルだったのだろうか・・・?
(マルサンにはこれ以外にも HIT RACING LINE なるブランド名で輸出用キットを生産していたふしがあるが、その全貌は良く判らない。 マルサンが関係していたのかも良く判らないのだが、内容はチープな物であった。 その内、その一部でも紹介したいと思う。)
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写真はアトラスのブラバムとフェラーリの箱絵と内容の一部である。
BT-3はスロットの中では唯一の物かもしれない。
私好みの車種だ・・・。(笑)
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写真はマルサンとアトラスのフォードGTのボディーであるが、左側はレストア途中のマルサンの物、中央と右端はアトラスのシリーズⅡのボディーである。
・・・やはり商品化はされなかった。
2台の改良されたボディーはセブリング・カーがモデルになっている様だ。
メッキ・パーツだったライトカバーはボディーと一体成型になり、フロントには新しいダクトとスポイラーが新設されている。
ボンネット上のルーバーも大きなダクトに変更され、リアの意匠にも手が加えられている。
(このボディーで1台作ってみたいのだが、マルサンのボディーを投げてしまうのももったいない・・・。笑)
多分、このボディーの製作にはホセ・ロドりゲス氏が絡んでいたのではないかと想像される。
このボディーも後年、オート・ワールドのカタログに載ることとなる。
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アトラスには1/24のクーパーとBRMの2台のF1が存在する。
マルサンはキットの形で販売し、アトラスはRTR主体の形で販売した様だ。
写真のクーパーF1は以前ジャンクから製作したもので、フロント・フレームは真鍮の自作半田付け、フロント・ホイルはフリーにしてある。
タイヤ、ホイル、インサート等はモノグラムのスカラブから拝借した。
ロールバーは切り取ってしまったが、新しい物をまだ取り付けていない。
(フロント周りは実車とは異なり、雰囲気だけである。 笑)
ATLAS ⑦
そろそろアトラスの”薀蓄”も種切れになってきた・・・。(笑)
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すでにミドリのアルファロメオ・カングーロを発売していたアトラスではあるが、ハセガワのカングーロのボディーにも食指を動かしていた様だ。
写真はDINO同様にフロントにマウント・ポストを増設したハセガワのアルファロメオ・カングーロのボディー内面である。
それにしても当時のアトラスは、マルサン、タミヤ、ミドリ、ハセガワ等の日本製ボディーを使い、同社のキットを発売しようとしていた姿勢にはまったく感心させられる・・・。 (ハセガワだけは計画倒れだったが・・。)
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私はモデルカーズ4号(カーマガジン98号増刊号)の中の「マルサンの残像」(元モデルカーズ編集長、平野克己氏の渾身のレポートであった!!)を読むまで、アトラスのキットをマルサンがライセンス生産し販売しているものと勘違いをしていた。
なぜなら、あの当時ピットマン・モーターを使ったキットは国産では皆無であったからだ・・・。
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アトラスに供給されたこれら日本のボディーは、日本で生産されて、ボディーだけがアメリカに送られたのか、それとも金型自体をアメリカに貸し出したのかは良くわからない。
しかし、ハセガワのボディーを見ると、成型色といい、増設されたポストといい、金型をアメリカに送り向こうで注型されたと思えてならない。
また1980年代後半には、静岡のワラシナ自動車よりこれらハセガワの金型を使ったボディー・キットが発売されている。
これらの中にはストックカーのボディーも含まれていた。
(なぜか、フェラーリLMだけはライト・カバーが塞がれていたが、何か訳でも有ったのだろうか・・・?)
アトラスに渡ったハセガワのボディーではあったが・・・、その後やはりオート・ワールド社に売り払われ、安価な価格でカタログ販売される事となる。
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写真のDINOは、ハセガワのボディーを改造し昔作ったもの。
最近では、昔自分の作ったおもちゃも失念するありさまだ。。、(笑)
ATLAS ⑥
だいぶ蒸す陽気になってきました。
この時期になると、我々中年は体調を崩しやすくなるので、注意が必要です。
(・・・かく云う私も、いまいち体調がすぐれません。 笑)
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(COX ATLAS ストロンベッカー)
さて、このチータを他社のチータと比べた写真を見て頂こう。
上から見ると、この車の大きさと特徴がもっと良く判ると思う。
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写真は、赤い成型色のハセガワのDINO166Pのボディーである。
色が違うだけで、外見上は良く見かける”ソラマメ色”のボディー・キットと何ら変わらない。
アトラスはこのハセガワのボディーを利用して、次回作を計画していたのだ。
一番違う点は、新たに新設されたシャーシーのマウント・ポストである。
ボディー内面にはハセガワのロゴもちゃんと残っている。
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上の写真はチータとハセガワのDINOのマウント・ポストの形状を比較したものである。
DINOは前2本、後ろ1本の3本で有るが、このポストが異様に長いのである。
フロントが約22mm、リアが30.5mmもある。
机の上に置くと、ボディー全体が5~6mm程浮き上がる程長いのだ。
又、リアのポストは後輪のシャフトぎりぎりまで迫っている。
・・・そう、サイド・ワインダー・シャーシーならば、COX同様にリア・シャフトぎりぎりの所にポストが有ってもおかしくは無い。
ましてやチータと共通のシャーシーを考えていたとするなら、チータはリアのオーバーハングが無いだけ、リア・ポストの立地が難しくなる。
チータは内装が無いので、リアのマウント・ポストはボディー上には存在しない。
フロントのポストの長さは28mmである。
前に書いたが、このチータのボディーがアトラスのプロトタイプ・ボディーでは無いか?との確証を得たのは、フロントポストの間隔が両車とも芯芯で32mmとまったく同じであったからだ・・・。
(つづく)
ATLAS ⑤
ATLAS ④
このチータのボディーについて、もう少し探ってみよう・・・。
アトラスのスロット・カーに付いては、Philippe de Lespinay氏が彼の著書「VINTAGE SLOT CARS」の中で以下の様に書いているので、つたない訳では有るがその一部を紹介したいと思う。
(全文ではなく、アトラスのチータに関する後半の部分だけである。)
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アトラスは1/24のボディーの細工を始めた。
しかし、市場はすでに衰退気味で、ロータス・ポルシェ、チータ・リバーサイド、ディーノは完成には至らなかった。
大きいサイズ(1/24)のアトラスのキットは最低価格で市場に出回った。
しかし、それらのキットに買い手は付かず、アトラスは本業の電車作りに戻った。
アトラスの在庫はペンシルベニア州のスクラントンにあるオート・ワールド社に売り払われた。
オート・ワールドはアトラスのキットを売ったり、アトラスの部品を使って独自の製品を作り、90年代まで販売していた。
試作品のロータス・ポルシェのテスト・ショットは、ホセ・ロドリゲス・ジュニア氏の所(estate)で生き残った。
チータの、窓や装飾部品が一切無いボディーは、70年代初頭にいわゆる”お楽しみ袋”(grab bags)に入れられて$1で販売されていた。
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多分、私が入手したボディーは、このグラブ・バックの中に入れられて売られていた1台ではないかと推測される。
又、オート・ワールド社(AUTO WORLD)のCEOであるOscer A.M.Koveleski氏は、実車とスロット・カー双方に造詣が深い人物であるのでいずれ紹介したいと思う。
(つづく)
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(VINTAGE SLOT CARS) ( Car Model 1966) (Auto World Catalog)
ATLAS ③
上の写真は、村上隆氏のコンテンポラリー・アートの新作ではない。(笑)
とてもユーモラスな表情を持つこの車の正体は、チータ・リバーサイドである。
一見、マーコスやブリストルを思わせる人面的な顔付きである。
さて、1/24のスロット・カーではCOXやストロンベッカー等が有名だが、クリアボディーを除いては、インジェクション・モールドのチータは存在しなかった・・?様に記憶している。
ここにUPしたチータのボディー・シェル(ボディー本体だけで、内装、クリアパーツなどは一切無い。)は、やはり数年前にeBayから拾い上げた物である。
最初は何(どこのメーカー)のボディーかまったく判らなかった。
子供のゼンマイ使用のおもちゃのボディーかとも思っていた。
又、造形もいまいちで、ボディー自体の表面処理も荒れているので、金型を磨かずに直ぐに注型したテスト・ショットのボディーの様にも思えた。
そして・・・、手元において何年か眺めているうちに、もしかしたらアトラスの#1665のチータ・リバーサイドのプロトタイプのボディーではないかと思う様になって来た・・・。(爆)
それはその後入手する事となった、ハセガワの成型色が赤のDINOのボディー・キットのマウント・ポストを見てからだ・・・。
(つづく)
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