Serendipity   (・・・偶然の出会い!!)

歳を取ると、頭の中では色々と行動予定を立ててはいるのだが、いろいろの諸事情(?)で実行出来ないでいる事が多くなる・・・。
今週もだらだらとJAGのドライバー・フィギュアだの内装だのをちょこちょこ進めていたのだが、ちょっと食傷気味だ・・・。
(やはり、TVでのんびり日本オープンなどを見てしまう。  苦笑)
そんな折・・・、縁あってか?、古いスケーレクストリックの車達が私の所に何台かやって来たので、丁度書くことに窮していたので、今回UPしてみようかと思う。
(UPに当たっては、又ダンボール箱をひっくり返す事にはなったのだけれど・・・。  笑)


昔(と云っても15~6年前だが・・)、一時イギリスのスケーレクストリックのコレクターズ・クラブに入会していた事があるが・・・、最近は1/32のスケレに対する興味は大分失われかけて来ている。
時々、ヤフオクで破格値で現代のスロット・カーを購入することは有るのだが、それも稀である。
我が家に今週やって来た車達の中で、一番うれしかったのがFIATのTC600とトライアンフのTR4である。
(TC600は、最近再販されたと聞くが、結構良いお値段の様だ・・。)
昔、随分探していたのだが・・・、有っても高くて中々手が出なかった2台である。
期せずして、今回は向こうからやって来てくれたので、なんと ”幸福な偶然の出会い” であろうか・・・。
上段の右の写真はレストア途中のジャンク車で、10年以上、ダンボール箱の中で惰眠をむさぼっていた物。
いつもの事だが・・・、私の持っている車の殆んどはジャンクで、この車達もボディーがゆがんだり、熔けたり、タイヤが何個か無かったりのGOOD~POORなコンディションの代物達ばかりである。(爆)
取り合えず ”一度は手にとって見てみたい” との思いから入手したものなのだ!!
Dタイプは初期物で、ガイドのホールがラウンドではなくスクエアな物なのだが、久しぶりに箱から出したら、ミルクが腐った様な匂いがして、・・・これには閉口した!!
初期のスケレは、フロントがフローティング・シャフトになっているものが多く、・・・云ってみればガイドとリア・タイアとの3点支持で走っている車が多い。
DB4の一つのレンズは透明レジンであるし、1台のDは穴にパテ盛りを付している。
タイフーンはベルト・ドライブのサイド・カーで、ベルトは伸びてしまっているが、制作上のアイディアを提供してくれそうな面白いアイテムだ・・・。

「温故知新」とは、ちょっと違うけど・・・。


無事にクラブ・レースも終了し、ここの所数日はおもちゃには手も触れず、夜な夜な海外のスロット・カー・ビルダー達のブログなどを見ながらのんびりしている・・・。
TVを点けても、今年の猛暑と民主党の党首戦の事ばかりだ。
(”馬鹿もいい加減にしろよ~・・・” と、暑苦しいので切ってしまう事が多い。)
頭の中では、そろそろアトランティークや555や801等のシャーシーを形にしようと考えてはいるのだが、手は動かない・・・。
ちょっとのんびりして・・・、心と体に相談だ!!(笑)
今年に入り、春頃から時々覗いているのがこちらのブログ。
SLOTTY SALAD
(http://slottysalad.blogspot.com/) 
SCRATCHBUILD GUILD
(http://scratchbuildguild.blogspot.com/)
その国々のお国柄とでも云おうか・・・?、アメリカ、日本、イギリス、フランスなどでは、スロット・カーに対する拘りも微妙に違うことに気付く。
(これはビルダーの個人的な問題なのかも知れないが・・・?!)
特にドール・ハウスやレール・モデルには伝統のあるイギリスのスロット・カー・ビルダー達の製作する車は魅力的だ。
SLOTTY SALAD では、実車のヴィンテージ・カーと同じ様に当時の古いモーター(私も見た事が無い)をわざわざ探し出してきて搭載している。
SCRATCHBUILD GUILD は、私の心に ”ぐさり” と来るクルマ達ばかりで、お国柄、1/32では有るが、アート、伝統工芸品の趣がある。
ボディーの塗装等も日本とはちょっと違い、ピカピカ、てかてかではないが、全体のバランス、色、ホイルのすばらしさ等は、正に ”車文化の伝統のなせる業” そのものと云っても良いのでは無いか・・・?!
一時の趣味ではなく、一生のホビーになっているのが羨ましい。

1/24  Monogram の マクラーレン・エルバ

毎日猛暑が続いております・・・。
私達の子供の頃は、「今日は30℃を越えたらしいよ~・・・。」などと云う会話と共に、その日が暑い夏の日であったことを表現していたが、今では、33~34℃は当たり前・・・・。
温暖化を本当に肌で感じると共に、昔のようにプラモデルをのんびり縁側で作る様な日々は、遠い日の出来事になってしまった様に感じる今夏である・・・。
私の工作室は狭い上に、現在クーラーが使えない状態にある。
別にクーラーが故障している訳ではないのだが、クーラーの出口には既にプラモデルの箱がうず高く積まれており、おまけに掃除をあまりしていないので、クーラーを入れるとダスト・ルームになってしまうのだ。
下山途中の身としては、40℃近い工作室に入るのはサウナに入ることを意味している。(笑)
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毎日少しずつだが進めているモノのM1Aだが、現状はこんな所をちょろちょろしている。
・・・その前に、モノグラムのマクラーレン・エルバに付いて、ちょっと触れておこうと思う。

24のモノグラムのマクラーレン・エルバは、当時キットとホーム・サーキット付属のRTRの車しか発売されていなかったように記憶している。
(私は見たことは無いのだが、車だけのRTRも有ったかもしれない。)
当然、ボディー・キットの発売も無かった様だ。
当時、M1AはAMT、タミヤ、リンドバーク等から発売されていたが、このモノグラムの物はフロント部分がとてもユニークな形をしている様に思える。
(クリア・ボディーの中には、中々良い形の物があるが・・・。)
中央の写真は、キットから作った物と右はサーキット・セットに付属するRTRの車。
右は10年以上前に、ジャンクからレストアした物。
(デカルはプリントごっことインレタで作った様な記憶がある。)
RTRのマクラーレンは、シャーシーをキットやRTRのロータス38と共有するもので、インラインでFT16Dが載っている。
リア・マウントは、キットには無い特殊なはめ込み式のプラのパーツが付けられ、リア・タイヤも細めのゴムである。
シャーシーには別物のアルミのサブ・フレーム(プレート)が付いているが、これは何を意味しているのだろう・・・?
(私にはただのウエイトだけの様にも思えるのだが、インラインのシャーシーにはスイング・アーム等の穴がいくつか開いているので、それを隠す為の物なのか・・・?)

私がジャンクと通常呼ぶような代物は、他の方から見れば殆んどゴミと云える代物である事が多い。(苦笑)
今回のボディーもフロントの左下部が欠けて無くなっていたもので、プラ板を液体接着剤で少しグニャグニャにして形を作り整形したものである。
ボディーの右サイドのドア部分にも大きなクラックが入っていたし、ボディーにも多少のねじれが有る・・・。
ねじれはこれから直すつもりでいるのだが・・・。(大笑)

1/24 Russkit Iso Grifo A3C ②


私の記憶の中には・・・・、 当時いくつかのクリア・ボディーの車を作ったが・・・、タミヤのブラスのスプリング・シャーシーにメーカーは失念したが、真黄色のシャパラル2Cと、36のレベル・シャーシーに白と赤のオッフェンハウザーのボディーを載せたインディーカーが残っている。
あの頃は、モーターもサーキットに来ていた年長の人達から、巻き直し物を譲ってもらって付けていた事が多かった・・・・。
自分でまともに巻き直しが出来るようになった頃には、既にモデルカー・レーシングは下火になっていた・・・。(笑)
私が通っていたホーム・コース(サーキット)には、当時、モデル・スピード・ライフに掲載された、四独のホンダF-1を作ったT氏も来ていた・・・。
T氏からは、グリーンの中古のCOXのフォードGTを譲ってもらった思い出がある。

今回、衝動的に作り始めたレプリカのA3Cだが・・・、手持ちのジャンクの中から、キット・ユースの鉄(?)に黒塗装のパン・シャーシーを選んでみた。
このパン・シャーシーにはアルミ製の物も有り、アルミ製は後期に発売されていた?物の様だ。
(一部の車種には、廉価版のノーペイント・ボディーのキットと、ファクトリーペイントされた高価版の2種類のキットが存在するが、A3Cは、キットでは発売され無かった様だ。)
また、当時ラスキットがどのようなオプションのボディー・キットを発売していたのか・・・?、その全貌も良く判らない。
当時、ステーション・ホビーでラング・クーパーのクリア・ボディーは見たような気かするが・・・・?!
私の手持ちのジャンクも、後年入手したものである。
クリア・ボディーの場合、切り出してしまったり、塗装してしまうと、経年変化に弱い。
・・・その結果、シャーシーだけが残るという事になる。
今回使用したこの3ピースのパン・シャーシーだが、ジャンクなので総てがオリジナルではない。
出来るだけオリジナルの物を使用しているが・・・、ガイドとホルダー、リアのメタルとシャフト、センターのタッピング・ビスはオリジナルではない。
(リアのスポンジなどはパック物のオリジナルを新調してしまった・・・。)
このシャーシーの欠点は、切り出しとプレスが悪く、4点接地(ねじれ)に気をつけなければいけない事と、左右でホイルベースが微妙に違う事だ。
(メタル・ホールがずれている。)
又、タミヤD型と同じように、スーパー・ギアがホイルと一体になっている為、このギア付きホイルを使わないと、トレッドが合わなくなってしまう。
写真はとりあえず組んでみた物だが・・・、サッシ(ウエザーストリップ)とライト内等はいまだに思案中である・・・。
サッシは内側から上手く塗る自信がないのだ・・・・。(苦笑)

1/24 Russkit Iso Grifo A3C ①

4月も半ば過ぎだと云うのに、ここの所の小雨まじりの肌寒い天気は何なのだろう・・・?!
昨晩遅くPCを見ていたら、プライドの高いエリート集団である、アメリカのゴールドマン・サックスが米証券取引委員会(SEC)からCDOがらみの詐欺容疑で訴追されたと出ていた・・・。
リーマン・ショック以来、米国民の間にも税金の使い道に対する不満が起きており、最近ではティー・パーティー・ラリーなどという抗議集会活動が広がりを見せている。
オバマ政権もガイトナーの尻をたたいて、そろそろ集金活動に動き出したのかもしれない・・・。(笑)
最近の日本ではデモ活動も行われないほど、国民は精神的に疲弊しているし、政治には何の希望も見出せないでいる・・・。
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コルベットもそろそろ塗装でもしようかと云う頃合なのだが、雨ではまた失敗しそうなので、ちょっと躊躇している。
先日入手したラスキット・レプリカのイソ・グリフォ・A3Cの切り出したボディーがどうにも気になってしかたがないので、時間つぶしに遊びで色を塗ってみた・・・。
レジンのマスターにする以外は、ここ何十年、クリア・ボディーをそのまま作った事は無い。
クリアの良いところは内側から塗装するので、多少湿度が高かったり、簡単な刷け塗りでもそこそこ綺麗に見えてくれるのが助かる。

このA3Cだが・・・、私の車好きの琴線に触れるボディー・デザインなのだが、実車の歴史などは殆んど知らないのだ・・・。
私が知っているのは、以前雑誌で読んだフェラーリ、アルファと渡り歩いたエンジニアのジオット・ビッザリーニがイソ・グリフォの市販スポーツ・カーをレーシーに発展させた車らしいと云う事くらいだ。
実車の解説は他の方のHPやブログに譲るとして、今回は手持ちのラスキットのジャンク・シャーシーから当時のA3Cのスロット・カーを作ってみようと思う。
やはり、透明状態ではクリア・ボディーの形の良し悪しは中々わからないので、とりあえず、1965年のルマン・カーをモデルに色だけ塗ってみた・・・。
デカルも残り物の中から似たような物を拾い出し、なるべく裏側から貼ったり、塗ったりを心がけた・・・。
65年のルマンモデルも、ホイルがゴールドなのかな~・・・? 嫌だな~!!
・・・裏側から塗ると云うのも結構難しい。
ラインがハッキリしないのだ・・・!!

上の写真はイソ社から離れたビッザリーニがアメリカで販売した市販タイプのGTで、A3Cレーサーとはリア・ウインドウ等、幾つかの外観上の違いが見られる。
この車はイタリア製のボディーにGMのシボレーのエンジンを積んでいたが、当時のGMのコルベット(スティングレイ)と比べるとイタリア物とアメリカ物のデザイン、雰囲気の違いが良く判る。
(A3Cのプロトタイプのアルミボディーの製作は、先だってのフェラーリ250GTのドロコであった。)
隣は、その当時GMでコルベットのデザインを担当していた日系のラリー篠田氏。
シャパラルにも影響を与えたすばらしいカー・デザイナーである。
当時としては前衛的な篠田氏のそのデザイン・スケッチはスロット・カーのクリア・ボディーにも生かされ、何台かデザインしてる・・・。
正に才能ある、異色のカー・デザイナーであった。

 スロット・カー・モビリア 


スロットカー・モビリアなどと云う言葉は聴いたことが無いと思う。
今回のブログを書くに当たり、今私が勝手に考えて付けてしまった造語である・・・。(笑)
オート・モビリアならば、古い車にまつわるカタログやマスコット、古い書籍、ポスター、パーツ等もろもろ、その範囲は広い。
60年代の爆発的なスロット・カーの世界的ブームは、実車の世界とは異なり、今に繋がる一つの文化とはなりえず、ミニスカートなどと同じで、ただの一時的な流行であったのであろうか・・・?
最近、海外ではこの時期の古いスロット・カーの再検証(考証)が幾つかのHPで見られるようになってきた。
確かに実車の様に生活に密着していた訳でもなく、産業構造に大きく関わっていた訳でもないので、文化というにはいささかマイナーすぎるきらいはある。
模型の世界で言えば、鉄道模型などは昔から”ホビーの王道”などと云われ、その発祥から現在までの時間的経過も遥かに勝っている。
その点から言えば、鉄道模型などは男のホビーとしての文化が既に寝づいていると云っても過言ではないだろうが、スロット・カーはどうだろう・・・?
(私は、未だに歴史が浅く趣味人口が少ないので文化と云うにはちょっとマイナーすぎる気がするが・・・、昨今の1/32のスロット・カーの充実振りは、第二期のヴィンテージ期ではないかとは思っている。  笑)
        
私の部屋のPCの上の棚には(ヤニと埃にまみれているが・・、)10年程前から当時のスロットカー・イベントのトロフィーが置いてある。
家内からは「止まった時計を置いといてなんになるの~?、掃除の邪魔なんだけど~?!」と云う苦情は始終寄せられている。
生まれてこの方、賞典などには縁の無い私では有るが、 ・・・確かに考えて見れば ”人様の勲章” を、さも自分の物の様に飾る ”浅ましさ” は他人の目から見れば余りにも悲しく映るだろう・・・。(爆)
私はただ、スロットカーのヴィンテージ期のオート・モビリア(単なるメモラビアか?)としてインテリアを兼ねて置いているのだ。
当時の少年達(?)がこのトロフィーを勝ち取る為にどれだけ楽しい苦労をしたことか・・・?!、・・・あの12~3才の頃を思い出す。
ふと、その情景を勝手に想像させてくれる、私にとっては現実逃避の楽しい小道具なのである・・・。

1/25 K&B COBRA GT (SeriesⅡ)


ここの所休みが取れていないせいか、体調がいまいち思わしくない・・・。
ここ2週間ほどは慌しかったうえに、単身赴任状態の生活をしていたので、今朝ほど、今日が”桃の節句”である事に気づいたくらいだ。


コブラ・クーペは、我々の世代には特にファンの多い魅力的な車である。
10年ほど前に、グンゼからデイトナ・クーペのキットが発売されるまでは、我々にとってコブラ・クーペのモデルはリンドバーグか、このK&Bのスロットのボディー・キットぐらいしか無かった・・・。
また、リンドバーグもK&Bも初期型のクーペをモデルにしているので、その後のグンゼやミニッツのボディーとはライト周りに違いがある。
(良く私達は、デイトナ・コブラとかデイトナ・クーペなどと呼ぶ事が多いが、デイトナを走る前の初期型は、やはりコブラGTとかコブラ・クーペと呼ぶべきなのであろうか・・・???)
実車の詳細な説明は割愛するが、Michael Shoneの “The Cobra-Ferrari Wars”や、 Dave Friedman他の “Daytona Cobra Coupes” がお勧めだ。
K&BのコブラGTの初期キットは1964年の発売なのだが、このシリーズⅡの発売が64年後半なのか、それとも65年の初期なのかは良く判らない。
多分、スーパー・チャレンジャー・モーターを載せた白箱のキットの発売が64年の後半であったので、その頃かもしれない。
スーパー・チャレンジャー・モーターに変わってから、車種もP2,ローラT70、シャパラルなどが追加され、スケールも1/25から1/24に変更されている。
初期に発売されたコブラGT,フォードGT、ポルシェ906(904)等もシリーズⅡに変更されるが、ボディーの外観が変更されたのはこのコブラGTだけである。
また、ごく初期のキットはスクリュー・タイプのホイルで有ったが、その後はコレット・タイプのホイルにすべて変えられた。
それにしてもこのコブラGTは非常に数が少ないのだが、ただ単に、初期型のクーペを小手先の追加パーツでごまかしたから人気が無かったのか? それとも他に何か理由が有ったのか・・?、
・・・・実は、その辺の事情も良く判らないのだ。

③ Drogo Ferrari 250GT SWB (#2735GT ?)

昨年末からなんだかんだ云いながら作っている車を振り返ると、フェラーリばかりである・・・。
そう云えば、先ほど見たニュースでも新しいフェラーリの599GTBに ”KERS” が装着され、ハイブリット化されるらしい・・・。
スピードが売り物のスーパーカー・メーカーだったら、一気に SIM・DRIVE の様なインホイル・モーターで、それこそジェット機の様な未体験の加速を体験できるフェラーリを作って欲しいものだ。
ん~・・・、エンジン・サウンドの無いフェラーリの電気自動車など、我々の世代にはちょっとな~・・・?、と云う気もする。
時代の変遷は、スーパー(カー)・ブランドにも今では大きな不安材料になっているのかも知れない・・・。
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左は61年にルマンを走った時の2735GTの勇姿。
中央はドロコ・ボディーからまたSWBに戻された現在の姿。
右は数年前にカレラから発売された1/24のRTRのスロット・カーだが、惜しいことにステアリング・ラックが左である。
(意外と海外のメーカーは、こう云う所に気を使わない事が多い気がする・・・。)

さて、この車に付いていたシャーシーだが、ご覧の様に細いブラス棒を半田付けして製作されたハンドビルドである。
シャーシーには綺麗にメッキが掛けられている・・・。
半田部分にも綺麗にメッキが掛かっている所を見ると、メッキは外注したのかもしれない。
私には、これほど綺麗なメッキ(私の場合は電関用のニッケル・メッキだけだ・・・)は出来ない。
内装はフロアーにモケットが張られ、コンソールの一部とリアゲート内には茶色の革が使われている。
このシャーシーには、ボディーを取り付けるネジ穴がリアに無いところを見ると、いまだ未完成の状態でボディーの仮装まで行かなかった様である。
細かいところを見ると、決して綺麗な工作ではないが、前オーナーがこの車作りに相当の時間を割き楽しんだことが伺える。
(まさに、アマチュア・モデラーの夢の跡である・・・。)
しかし、このシャーシーを合体させて走らせるには精度的にもちょっと問題が有りそうだし、・・・かと云って解体してパーツ取りにしてしまうのも惜しい気がする。   ・・・まさに思案橋である。
ん~・・・、 そんな泥沼の様な模型作りを私はいつも楽しんでいるのだ。(爆)

② Drogo Ferrari 250GT SWB (#2735GT ?)

年が明けたばかりだと云うのに、今週もいろいろありました・・・。
個人的には、○○30周年(執念)記念と新年会でお酒を飲んで午前様になったぐらいでしたが、世界ではハイチ大震災で10万人規模の犠牲者が出ている様ですし、アメリカのオバマ政権の矢継ぎ早の金融規制案が、これまた世界規模で金融市場に激震(いや中震位かな~?)を与えており、また円が高ぶれしそうです・・・。
日本でも、昨年鳴り物入りで誕生した与党民主党のTOP2人に政治資金絡みのスキャンダルが飛び出し・・・、ナショナル・ウイングであるJALもあっけなく破綻・・・!!
最近、ニヤニヤして見ているCMの 「大切なものは、お金なんかじゃ~ない~・・・・!!」 と叫んでみたくなる衝動に駆られる昨今である。
(・・・こらこら、・・・ウソをいっちゃ~いけません。  笑)
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(Source: Supercars.net & COACHBUILD.com )
さて、暴挙に出てしまったレベルの2735GT?だが、出自はフェラーリのSWBで、当初ロブ・ウォーカー・チームにデリバリーされ、英国内でスターリング・モスにより大々的に宣伝活動が行われていた様だ・・・。
あるHPではこの広報活動の為か、長距離ドライブの為にモスはこの車にラジオアンテナを付けさせたとも書いてあった。
この車は1961年のルマンにもモスとグラハム・ヒルと云う東西きってのGPドライバー・コンビでエントリーしているが、あっけなくリタイアしている。
この時のボディーカラーはロブ・ウォーカー・チームの定番、ネイビー(濃紺)にフロントのホワイト・ベルトであるが、ルマンのエントリー・リストには何故か、ノースアメリカン・レーシング・チームと記されている。(?)
その後この車はイギリス国内のローカル・レースでジャガーやアストンなどと戦い、またモスはエンパイア・トロフィーやペコ・トロフィー、ツーリスト・トロフィー等で大活躍する事となる・・・。
その後、クリス・ケリソンの為にカロツェリア・ドロコにより、写真の様なロング・ホイルベースの車に大改装される事となる・・・。
ドロコではこの2735GT以外にも似たようなボディーの車を何台か製作しており、この車やパーツは80年代まで残っていた様だ・・・。
しかし80年以降(?)、このホイルベースまで伸ばしたドロコ・ノーズの2735GTは再び元のSWBへと戻されてしまう・・・。
その辺の経緯は、よそのHPを夜な夜な見てはいたのだが、良く判らない。
しかし、この車は2008年のグッドウッドのスピードフェスティバルで、再びスターリング・モスと再会することとなる。
(この時はモスがルマンを走った時と同じロブ・ウォーカー・チーム・カラーのSWBである。)
下はいくらか手を入れてみたボディーの現状だが、この車は車高を大分下げているので、サイドのステップからウインドウまでのバランスが非常に微妙だ・・・。
おまけにリアのコーダトロンカのなんともいえない不思議な3次曲面も上手く表現できるのか・・・??

① Drogo Ferrari 250GT SWB (#2735GT ?)

この車は昨年の夏頃、やはりeBayで入手した物なのだが、フロントがドロコ風のノーズに修正されており、「レベルのGTOをこんな風にいじる人も居るんだ~・・・?!」と云うのが私の第一印象であった。
(先日UPしたボディーがこの車なので、既にこのボディーは存在しない。)
この車を見た瞬間に、その後の250GTOのデザインに影響を与えたであろう何台かのドロコ・チューンのSWBのどれかを、このオーナーは作ろうとしてたんだ~・・・、と云う事を直感した。
(この車も大分手が入っている様だが、完成してはいない。)
以前、43のモデルや古い雑誌等で変なフェラーリのGTが有るな~・・・?と云うことは見聞きしていたのだが、このドロコ・ボディーの250GTの事は、この車を見て調べるまで殆んど知らなかったと云うのが本音である。
        
この車は入手後、しばらくどうするか考えあぐねていたのだが・・・、昨年の後半にとりあえずボディーだけでもレストアしてみようかと剥離剤の中に沈めてみた・・・。
最初はラスキットのワイヤー・ホイル(使えるかどうかは今だ不明だが・・・)が付いているし、モーターもピットマンのサイド・ワインダーだし、パーツ取りでも良いかな~・・・?などとも考えていたのだ。
実際の所、このボディーを剥離して作り直すより、新品のボディーから始めた方が仕事が早そうだが、この車を見ていると、同じ趣味を持つ前オーナー(作り手)の気持ちが伝わって来るので、いろいろ思い巡らす事が出来るので、あえて暴挙に踏み出してみた。(苦笑)
後はこの車が完成前であったと云う事、ボディーのカラーリングがいまいち私好みでは無かったと云う事、そしてディテールも少し気になる所があった事などが理由に挙げられる・・・。
多分、急ぐ旅ではないので1年以上の時間がかかってしまうかもしれない・・・・。